四月一日
線路は続くよどこまでも
「確かにあれは恋だった」
「皆さん、今日から新学期です。新入生は先輩から学び、上級生は新入生のために良い手本となり、新たな一年を充実したものとしてください。・・・最近この辺で事件があったのは皆さん知っていますね?犯人はまだ見つかっていません。夜出歩くことは控え、出来るだけ友達と下校するようにしてください。警察の方がこのあたりのパトロールを強化してくださるようですが、各自、しばらくは十分に気を付けてください」
新学期の始まりである。クラス替え、始業式、新たな先生、クラスどころか学校中からソワソワとした雰囲気がある。ただしそれは新学期だから、というだけでなく、先ほど先生が言っていた事件が影響しているだろう。なかなか身近で事件なんか起きないものだ、特に殺人事件なんかは。
時刻は昼過ぎ。本来なら今日は午前中で下校出来る筈だった。しかし少女はお弁当を持ち、裏庭に来ていた。
「美味しい・・・」
本日のお弁当は卵焼きとウインナー、冷凍のから揚げ、ほうれん草の胡麻和えをおかずにわかめの混ぜ込みご飯を詰めてきた。朝一の自分の手際が誇らしい。私が現時点で人様にお伝えできるスキルはこれくらいのものである。
「あれ?千歳さん?」
手を振りながら近づいてきた少女は少し赤みがかった長い髪をポニーテイルでまとめた活発そうな女の子だった。
「どうしたのよ?こんなところで弁当食べて。部活?いやでも、今日部活ないよね?」
事件のこともあり、今月いっぱいまで部活動はなしのところがほとんどだった。そもそも始業式の日は午前中で学校が終わるため、弁当は必要なかった。
「いや、ちょっと間違えてお弁当作ってきちゃったから、食べていこうかなって思ったんです」
おっちょこちょいだな~、と彼女は笑った。
「というかなんで敬語なのよ?」
「え、あぁなんか、つい出ちゃった」
変なの、なんて言いながら彼女は隣へ座ってきた。彼女はなんだかご機嫌でつい聞いてしまった。
「どうしたの?」
「聞いちゃう?聞いちゃう?この祭ちゃんがなぜ始業式から学校に残っているか聞いちゃう?もちろん部活じゃないよ!今日空手部はお休みなのよ~」
明らかに聞いてほしそうな雰囲気だった。
「うん、聞きたいな」
「ふっふっふ、ならば教えてしんぜよう!この祭ちゃんがなぜ残っているのかを!」
彼女はまんざらでもなく語り始めた。
「それはずばり学校七不思議!この高校、私立函嶺高校はこの辺じゃかなり古くからあるらしいのよ。まぁ、七不思議って言っても、どこの学校でも聞くようなものばかりなんだけどね。ただうちが先輩に聞いたり、独自に調べたところ、独特な七不思議もあったのよ。
一つ、トイレの花子さんが現れる。二つ、裏庭にある銅像の向きが変わる。三つ、夜更けまで校舎に居続けると一人閉じ込められる。四つ、夜に音楽室からピアノの音が聞こえてくる。五つ、夜になると第二階段が一段増える。六つ、月のない場所から左に93歩、右に51歩、右に72歩、歩くと人が消える。七つ、桜に魅了された者は卒業まで憑りつかれる。一から五まではわりと聞いたことあるようなものだけど、六と七はちょっと珍しいな、って思ったりしたのよ。特に七つ目、桜に憑りつかれるなんてドキドキしちゃわない?ドキドキワクワクを求めてやまない祭ちゃんは、この桜の咲いている春に、七不思議の検証を始めたわけなのよ、ワトソン君」
・・・ワトソン君?
心の中でツッコミながらも冷静に言葉を返す。
「でも桜ももう結構散ってきてるよ?」
桜の樹の下は既に花びらの絨毯がかかっていた。
「そうなのだよ、ワトソン君。つまりこの検証期間は迫っている。猫の手も借りたい。みなまで言わずとも私は分かっているのだよ!千歳さんはこれからうちの検証に付き合ってくれるのでしょう?ああもう照れちゃって可愛いな、聞くまでもなく、同行を許可しましょう、ワトソン君!」
「ワトソン君にされてしまった・・・。強引だ。これが世にいうジャイアニズムというやつかもしれない」
「私あんなにラップできないよ~」
「中の人のことを言ったわけじゃない」
横でキャーキャー言っている祭を横目に、少し考える。そしてまぁいいか、と七不思議に付き合うことを承諾した。
「話聞いてたら私も気になった。結構好きかもしれない」
「ヤダ愛の告白?結婚しちゃう?まずは相性を確かめ合うべく一回ホテルへ・・・」
「なに言ってるの?もう少し健全な高校生らしい発言した方がいいよ」
「さっきからその冷静なツッコミ、めっちゃ点数高い。やだ好きになっちゃう。お友達からお願いしようかしら。でももう千歳さんとは友達だからそれ以上の友達だと、セフレしか思いつかないわ。すっ飛ばしてやっぱり結婚しちゃう?」
「頭の中は一面まっピンクなの?」
「失礼な。いろいろなことに興味を持って貪欲に生きてるのよ」
「ベクトルが少し間違ってる気がするよ」
私は祭の七不思議話に乗ることにした。お弁当を食べ終え、先ほどの話を整理する。
「えっと、祭ちゃん」
「え」
おかしなことを言ったのだろうか、祭は驚いた顔をしていた。
「いや、千歳さんに下の名前で呼んでもらったことなかったから、ちょっとびっくりしちゃった」
「え、あ、ごめん。・・・他の子がそう呼んでるの聞いて、つい・・・。変だったよね」
「変じゃない!!」
祭はすごい勢いで否定する。
「下の名前で呼んで!!私も千歳さんのこと下の名前で呼びたい!!」
「う、うん。どうぞ」
「じゃあ、うちは華火って呼ぶ!」
「わかった」
祭ちゃん、と呼ぶと嬉しそうだが、少し不満げだった。
「華火も私のこと呼び捨てで構わないんだけど」
ぐいぐいとくる祭に華火は少し押され気味だった。
「あ、でも、それは、まだ、慣れない、というか」
しどろもどろ話す華火に諦めたように祭は笑いかける。
「いやごめんごめん。なんか調子乗った」
呼び方なんてなんでもいいよ、と祭はあけすけに笑っていた。
「えっと、それで祭ちゃんはその七不思議の検証のために学校に残った。ここは裏庭だから・・・、今は二つ目の銅像について調べようとしている、であってる?」
「あってるあってる!さすがうちのワトソン君、頼りにしてるよ!」
「ワトソン君的には不安が大きいけど、まぁちょうどいいかな」
「ん?何が?」
「私も、学校の様子を見てから帰ろうと思ってたの」
「なんで?」
「・・・まぁ改めての確認と、趣味みたいな、感じかな」
「華火も結構変わってるよね」
「祭ちゃんに言われたくないなぁ」
私はなんとなく笑いながら身支度を整えた。