わからせられた。
「……では、誓いの口付けを」
(あっれぇ~??)
なにかとバタバタしている間に気が付けば学園を卒業し、今私は白いドレスに身を包んでいる。隣には勿論クレイジー公爵令息クローザー狂こと、ジェラルド。
晴天の空の下、私達の周囲に花が降り注ぐ中で親兄姉は感涙に声を詰まらせ、友人達は祝福している。
お忍びで駆け付けてくれたイヴァンジェリン様の隣には第一王子殿下。
イヴァンジェリン様に婚約者がいなかったのは、第一王子殿下の筆頭婚約者候補だったから。
学園や宮廷での揉め事を避ける為、複数の候補を内々で立てるだけに留めていたらしい。当然当時は婚約には至っていないし、特別仲良くもしていなかったがそれは表向きだけ。
本当は学生時代からラブラブであった模様。
第一王子殿下は後に『密かに愛を育むのは刺激的で良かった』等とちょっとアレなことを吐かしておられる。
学生時代には事件に巻き込まれたり、『婚約破棄劇』はあったり、フェリシアと物理的に戦うことになったりと、なかなかに波瀾万丈だったが、何故かこの婚約が本当に解消だの破棄だのされることはなく──
あれよあれよという間に、結婚。
今に至る。
(……コレはアレかな? 『お飾りの妻』パターン?)
結婚式までしといてなんだが、私はそんなことを考えていた。
なにしろ『ジェラルド』とは呼ぶようになったものの、私と奴の関係はそう変わっていない。
名前も奴が学生時代に「『ジェラルド』と呼ばないなら『旦那様』でも構わんが、どうする?」と二択で迫ってきたので仕方なくだ。
まだ婚約者だったというのもあるが、奴を『旦那様』呼びなんて夫に対する妻というより隷属的な意味にしか思えん。
今後も真っ平御免だ。
とはいえ仲は悪くない。
前世の記憶や諸々のおかげで三次元とは結婚したいとも思わなかったし、学園に入って他貴族と接しても『結婚せねばならん』という価値観に染まることはなかった。
この結婚がお飾りだろうと就職先だと思えばどうということもないのである。
そんな感じのまま、初夜。
流石に職務では割り切れないところはあれど、こうなった以上覚悟はできている。
お飾りだとしても、子供は必要だし。
豪華な公爵家の無駄に広い夫婦の寝室に改めて驚いているうちに、私は初夜の若奥様仕様であるスッケスケのベビードールで取り残されていた。
心許ないが隠すものが何もないので、仕方なく布団の中に潜り、ギリギリまでなるべく隠すべく枕を抱いて体育座りでいる。
布団の上に散りばめられた謎の花びらが無惨に落ちたが、そんなのは知ったことではない。
大体にしてあれ、なんの意味があるんだ。
「──……ッ!」
扉が開く音に緊張で身体が固まる。
覚悟していたつもりが、あんまりできていなかったらしい。
「……フッ」
「──ぎゃああああ?!」
嘲るように鼻で笑うのが聞こえたと思ったら、ジェラルドは私の隠れている布団を一気に捲り、届かないところに投げ捨てた。
「なんだその体勢と声は、色気のない」
「いやまあこれはこれで……」と吐かしながらベッドに乗りにじり寄る奴に、私は最後の抵抗を試みる。
「せめて心の準備くらいさせろ!」
「充分時間はあっただろうが」
「で す よ ね ?! イヤでもホラ、もももう少し気を使って?! しょっしょしょ初夜っぽく!!」
「フン……まあいいだろう」
抵抗してみたものの自らもツッコんでしまった通り、非常に今更であることは間違いない。
それだけに強引に迫ってくるかと思いきや、私のテンパリぶりが気の毒だったのか、アッサリ待ってくれた。
体育座りで枕を抱きしめて顔を埋めている私から枕を奪うこともなく、ジェラルドは斜め前に横たわった。
右肘をつき、やや上体を起こした彼は、覗き込む様な感じでこちらを眺めながら、なにが楽しいのか左手で私の垂れた髪をくるくるしている。
「……それ、やめていただきたいんですが。 緊張増すんで」
「ははっ。 我儘なヤツだな~」
「ぎゃあっ?!」
髪を弄る代わりに膝を撫でられ、私はウッカリ枕を手放して仰け反った。
「いやいやいやいや?! そっそれは逆効っ……あわっあわわわ」
露になってしまった身体を隠そうと再び枕を取ろうとするも、既に身体を起こしていたジェラルドに「もういいだろ」と布団同様に放り投げられてしまった。
慌てて両手で隠す。
「くくっ……まだ隠す気か?」
「そりゃ隠すわ!」
「往生際の悪い女だな……」
意地悪く笑いながら距離を詰めたジェラルドは、私の背中を引き寄せた手を首筋から耳、そして頬へとゆっくり移動させていく。
「──シェリル」
『お飾りの妻』を想定していた私だが、その台詞はお決まりの『貴様を愛することはない』ではなく──
「生涯俺に愛される栄誉を与えてやる」
顎クイと共に発せられた、これであった。
流石は俺様……ではある、が。
「……え?」
「……は?」
「……」
「……なんだその反応は」
「いや、あの…………そりゃ『愛してる』ってことですかね?」
「……」
「……」
「ハァァアアァン?!(※語尾強め)」
ジェラルドはいつかの私のような声を発し、眉間に皺を寄せた。
「今更それを確認するのか?!」
「……えぇ? だって……」
「今までも散々ッ…………大体にして貴様も昼間、誓っただろうが!」
「へ?! そっそりゃ式だし誓うよね?!」
「──チッ。 もういい」
「ひぇっ?!」
そう言うと性急にガウンを脱ぎ捨てたジェラルドに、私はベッドドン……いや、押し倒された。
「身体から堕とす……!」
「はぁ?! ……ちょまっ、ああっ?!」
ここで私は初めて、自分がジェラルドから滅茶苦茶好かれていたことに気付いた。
俺様系は尊大だが、好意はちゃんと示す──だがこれまで伝えてくれている好意は理解していても、それが恋愛的な意味であるとは全く思いもよらなんだ。
それは私が鈍感なだけではない。
この世界が前世とは違って貞操を重んじ、高位貴族の彼はなんだかんだ紳士だったことによる。
なんせ私の前世の記憶での俺様系がするのは、私がジェラルドにされてきたような悪戯レベルの生温い寸止めだけではない。
なにしろ俺様系とは、相手の気持ちを慮って止めることや仕様上の偶然に阻まれることはあっても、隙あらば手を出してくるモノなのだから。
……前世の記憶、全然役に立ってないな?!
こうして私は存分にわからせられた。
……絶対『おとす』が不穏な字の方だったと思う。
ちなみにフェリシアも転生者だったりしたけど、またそれは別の話。