『悪役令嬢は正規ヒロイン』疑惑。
『貴様の醜い所作をどうにかする』などと宣ったクレイジー公爵令息クローザー狂から紹介されたのは、なんと悪役令嬢──『っぽい方』こと、イヴァンジェリン・ライツ公爵令嬢。
しかも『ヒロインちゃん』ことフェリシア・ロッド男爵令嬢まで。
いきなりWヒロインである。
これであと残りの攻略対象(仮)5人が揃えばめでたく役満、ゲームパッケージ画像の完成だ。
「ライツ嬢、コイツらの面倒を頼んだぞ」
「ふふ、クローザー卿に頼まれては嫌とは言えませんわ」
扇を広げて優雅に笑みを浮かべながら『頼まれて』の部分を若干強調する公爵令嬢に、クローザー狂の眉間の皺が僅かに寄る。
なんだなんだ、さてはコイツら実は仲悪いな?
(これは、チャ~ンス)
「うふふ♪ クローザー卿ったら心配性が過ぎましてよ? 公爵令嬢に私事で御迷惑をお掛けするなんてそんなそんな。 ワタクシここで失礼させて……」
私はここぞとばかりに令嬢言葉を使い、公爵令嬢に向けてバッチリのカーテシーをキメると、即座に逃げの態勢に入る。しかし、
「おい……」
「ふぬっ?!」
それより早く襟首を掴まれた。
アンタこそそりゃ紳士としてどうなんだ。
私の淑女教育の前に自分をどうにかせい!
「貴様……逃げる気だな?」
「めめめ、滅相もござらんよ?!」
「あらあら、お言葉が崩れてましてよ?」
公爵令嬢とクローザー狂は男女と性別が違う上、ほぼ血など繋がっていないという物凄~い遠縁。全く似てはいないが、彼女もクローザー狂同様に怜悧な顔立ちの美形である。
しかし意外にも表情はにこやかで、物腰も穏やかだ。
(まあ、これなら──)
「うふふ……」
公爵令嬢は深い翠色の瞳を彩る長い睫毛を伏せて上品に笑いながら、扇をたたむ。
私は何故か背中に冷たいモノが流れるのを感じ、無意識に身構えていた。
やべぇ奴だと本能が告げているのである。
「……コレは躾がいがありそうですわね♡」
瞬間、私はロッド嬢の方を向き、視線で助けを求めていた。
コイツは悪役令嬢よ?!
今私の中でそうなった!!
たしゅけて!
「ロロロロッド嬢聞きました?! 今このヒト『躾』って言ったよ?!」
しかしロッド嬢は人形のように無機質な笑顔でこちらを見ているだけ。
視線は合っている筈なのに、目が合ってる気がしない。
「……
…………
………………空耳では?(にっこり)」
滅茶苦茶間を空けて、ロッド嬢は誤魔化すようにコテンと小首を傾げ可愛らしく笑う。
いや絶対聞こえてたよね?!
──公爵令嬢・イヴァンジェリン様はどちゃクソ厳しかった。
クローザー狂とは違い、威圧的な態度や言動を取ることはなく決して声を荒らげたりもしない。
柔らかく微笑みながら穏やかな口調で「さっきより良くなりましてよ♡」などと褒めてくださった後で、「さあもう一回頑張りましょうね♡」的なおさらいが待っている──その回数など、最早わからない。
気付けば前世の小説が如く『アレ? 私ったら死んで、数分前に逆行転生したのかしら?』という、同じ動きが待っている。
それはまさに地獄ループと言っていい。
「ふふ、大分小マシになりましたわね?」
「まだ『小』ですか……」
「シェリル様、そういうところですよ」
そして男爵令嬢・フェリシアだが、彼女は望んで私と共にイヴァンジェリン様から躾……もとい、淑女教育を受けているらしい。
「まあいいわ、二人ともお疲れでしょう? そろそろお茶に致しましょう」
『躾』には厳しいイヴァンジェリン様だが、それ以外では優しい。ある意味小説のテンプレ『悪役令嬢』っぽいと言える。
だがフェリシアは正統派ヒロインに見えて、ちゃっかりした堅実派。イヴァンジェリン様と仲良くしていることでもおわかりの通り、所謂ビッチヒロインでもないテンプレキラー。
フェリシアがあの時裏庭でクローザー狂と話していた約束云々は、コレだったようだ。
イヴァンジェリン様を紹介してもらい、高位貴族に仕えても通用するような所作を覚えたかったそう。
やはりあの男性は幼馴染みのようで、近衛騎士になりたい彼を支えるべく、自分は王宮侍女になるつもりなんだとか。
私はなんだかんだ、ふたりと仲良くなった。
イヴァンジェリン様の地獄ループによる淑女教育と、俺様クローザー狂による鬼の教育で、それなりの淑女へと徐々に変貌を遂げていっている……ような気もしなくはない。
きっとなっているに違いない。
(……はっ! これはもしや『おもしれー女』から『面白味のない女』になったのでは?!)
そこから派生した私の考えは、実は『乙女ゲーに転生した!』と見せ掛けての『乙女ゲーに転生した小説に転生した!』パターン……というもの。
(すると、待っているのは『婚約破棄』!)
この世界が『乙女ゲー』ではなく『テンプレを弄った小説』の場合、『婚約破棄』はあるある。
単なる想像ではあるが、尊大美形キャラであるクローザー狂が何故か段上で『貴様のような面白味のない女、この俺に相応しくない……婚約は破棄させてもらう!』とか宣っているのは実にピッタリくる。
あっでも、それだと私が主役でクローザー狂に『ざまぁ』しなきゃなんなくない?
おっかしいなァ~。
(いやいやしかし、テンプレを弄った小説はかなりの量。 『婚約破棄』が『ざまぁ』に直結するとは限らないし、それに……)
実のところ私は、本当のヒロインはイヴァンジェリン様である可能性が高いと見ている。
クローザー狂の人間関係を鑑みるに、一見するとイヴァンジェリン様と仲良くないあたりがもうそれっぽい。
公爵令嬢・令息であらせられるおふたりが、揃いも揃って未だ婚約者がいないのも怪しい。
大勢力であるふたつの公爵家という家柄上、ふたりが結ばれるのは難しいに違いない。
しかし、クローザー狂が廃嫡されたらどうだろうか。
その方法は勿論、クローザー狂が彼の意思で強引に取り付けた私との婚約を、自ら勝手に破棄すること……!
(なんと! 辻褄が合ったではないか!!)
しかも私は婚約破棄されてもあんまし困んない人である。『慰謝料あざーす!!』で終わるので、婚約破棄前提の婚約者としては最適。
なんだかんだ面倒を見てくれていることも、婚約破棄後の私の将来への配慮と取れないことも無い。
(フッ……成程。 謎は全て解けた!!)
きっと私は『モブ転生』ではなく『当て馬転生』だったのだ……!
前世の知識を(無駄に)駆使し、想像した結果、辻褄が合ったことで私はそう確信していた。
そして、これからの展開に備えんとした私だったが──