私は奴の蚊帳ではない。
三次元で大変不愉快な存在であるのは既に承知だが、敢えて『俺様系の魅力』を語ろう。
ヒロインにキツくあたる男のようだが、それは少し違う。拗らせてデレを失った残念ツンデレやモラハラ男などとは違い、『俺様系』は皆に尊大なのである。
皆に尊大なのでヒロインにもキツくあたるが、なんだかんだ好意を明確に示してくる(※ただし尊大な態度のまま)──それが俺様系だ。
上手く好意を表現できずにツンツンしてしまう奥ゆかしいツンデレとは違う、強引さ。
そして徹底的な相手ファーストにより、先回りしてなんでもやってあげる超人・スパダリとも違う、決して媚びない我の強さにこそ魅力があるといっていいだろう。
それが好きかどうかは好みの問題である。
ちなみに俺様系は、前提としてイケメンでなくてはならない。
まあ厳密に言うと『ならない』ってこともないんだろうが、イケメンでなければ大抵の場合まず間違いなく許されず、勘違い野郎という単なるヘイトキャラで終わってしまう。
欲を言えば、顔以外もある程度ハイスペックでないと『貴様如きがよく尊大でいられるモノだ! 片腹痛いわ!』という逆ムーブが起きかねないのである。
ジェラルド・クローザー卿だが、奴は間違いなく『俺様系』に相応しい。
公爵家嫡男であり、能力は高く、長身で黒髪赤眼の怜悧なイケメンで性格は気難しく苛烈。
ついでに語彙も増えた。私のおかげで。
私に対し一定の好意を抱いてくれるのは有難いのだが、『俺様力』を用いて示すのは好きな相手のみにしていただきたいところ。
なんせ、奴は顔がいい。
顔が良ければときめくと思う勿れ……残念ながらときめく程、ああいうのに慣れていない。
慣れていないとときめくどころではなく、ひたすら固まるのである。
幸か不幸か、羞恥やときめきがやってくることは今のところないが、迷惑千万。
なにしろモブがそんなことされてりゃ、周囲からの批判は免れないのだ。
──そんなわけで。
「余計な憶測と共に、またも要らん不興を買ってしまうではないですか!」
固まったのが面白かったのか、巫山戯た感じで何度も距離を詰めてくるクローザー卿に、数度目の壁ドンでとうとうそう訴えた。
すると悪い笑顔で奴は言う。
「それが狙いだ。 愚鈍な貴様のせいで『自分の方がバディに相応しい』と言う輩が後を絶たん。 挙句『婚約者に』などと吐かす、身の程知らずの羽虫達が集って仕方ない。 責任を取れ」
「ハァァアアァン?!(※語尾強め)」
思わず素が出るこの傲慢さ。
(だったら相応しい相手と組みゃ……)
「──ハッ!?」
そう言いかけて、私は口を噤んだ。
(そうだフラれたん……あ、いやコレ憶測だったわ)
失敗した。
今勢いで聞いときゃよかったものを。
「なんだ?」
「あっ、いやええと……ゲフンゲフン」
聞きたいが、タイミングを外してしまった。こうなるとなんかもう聞きづらい。聞いたら聞いたで『なんだ、嫉妬か?』とか言われそう。ドヤ顔で。
距離があればいいが、詰められたら固まるに違いないので、肯定っぽくなってしまう。
そして今も『弱味を握ったぜ!』とばかりに隙あらば距離を詰めてくる奴のことだ。ここぞとばかりに詰めてくるであろうことはまず間違いなく、鬼の首を取ったような感じで『コイツ嫉妬してやがるぜ』と吹聴すること請け合い。
それは嫌だ。不本意。
「?」
「えーと……そう! 紳士たるもの、そういうのはそれこそ婚約者相手にすべきです! 私はアンタの蚊帳ではナイ!!」
「……ふむ? まあ一理あるな」
「そうでしょ?! ……それじゃ!」
「あっ、オイ!」
「さっさと婚約するヨロシ」という、謎の中国人キャラのような語尾になりながら、私はその場から走り去った。
(よし、ココはヒロインちゃんに聞きに行こう!)
いつまでも憶測で物を考えるから良くない。
善は急げという。早速私は『ヒロインちゃん』こと、フェリシア・ロッド男爵令嬢のところへ向かった。
「──ぬっ?!」
ガゼボでお茶を楽しんでいるロッド嬢は、クローザー卿ではない別の男と一緒だった
しかもとても仲が良さげ。
(ちっ、攻略中か……)
コレを邪魔するのはモブとしての矜恃に反する。『なんだよモブとしての矜恃って』と自ら脳内でツッコむが、それはそれ。
(んん? ……でも、突出イケメン達じゃないぞ?)
イケメンっちゃイケメンなのだが、なかなかに地味である。
鉄壁のモブスペックを誇る私が言うのもなんだが、イケメンの割にかなりのモブみ。
無駄にキラキラしたオーラを発している6人と比べて明らかに違って、目に優しい。
彼は本当に攻略対象なのだろうか。
「ふふ、バートったら。 ゆっくり食べて」
「だって懐かしくて。 まさか学園でシアのクッキーが食べられるなんて思ってなかったし」
(もしや幼馴染みキャラだろうか……)
会話を聞く限りそれっぽい。
幼馴染みと言えば攻略対象だと思われがちだが、どうなんだろう。
前世でやったゲームの記憶ではちょっと思い出せないが、仕様上当て馬だったり場合によっては友ポジの『お助けキャラ』だったりもしそうな気がする。
しかし、その割に距離感がおかしいというか、甘い空気を発しているではないか。
大体にして手作りクッキーに愛称呼びだ。
完全に黒……とは言えないまでも、黒寄りのグレーである。
攻略対象の場合、兄気取りorツンデレが鉄板だが、対等っぽくて優しそうなのがまた頂けない。
定石から外れているという点で。
(う~ん……)
私はそっとガゼボから離れた。
ふたりの関係は不明だが、明らかにイイ感じ。これ以上は野暮というもの。
『ひゃっほー! 乙女ゲーのモブだぜ!』と多少の出歯亀はしても『乙女ゲーのヒロインはヒロインらしく攻略対象とくっつきなさいよ!』などと叫び宣い邪魔する程、愉快なサイコパスではないのである。
(アレか、じゃあクローザー卿は結局フラれたっていうか……そういう)
フラれたというのには語弊があるにせよ、残念ながら選ばれなかったんだろう。
考えてみれば、私をバディに選んだのもロッド嬢から選んで貰えなかったからかもしれない。
……いやまあ、知らんけど。
「おい、シェリル……」
「ヒイッ?!」
出歯亀から戻ると、クローザー卿の壁ドンが待っていた。
「──ッ!?」
私はまた固まったが、それは今までのとは別の意味である。
何故か奴は、私の成績表を持っていたのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なっなんでソレがここに?!」
「貴様、なんだこの惨憺たる成績は?!」
「ヤダちょっとやめてッ! ヒラヒラしないでェェ!!」
言動でもおわかりの如く、私は失格令嬢である。
成績は辛うじて中の下を保っているがそれはテストであるが故であり、身に付いてなどいない。
やればできる子(※自称)だが、その『やればできる』はその場凌ぎに過ぎない。
「いいいいいじゃないっすか別にィ!! バディとしてはちゃんとやってんでしょ?!」
魔法省の支部の片田舎でなら働けるくらいには頑張っているので、問題はない筈──しかし、なんだかクローザー卿はご立腹。
「いい訳あるか! 腐っても貴様は俺のバディ、恥じない成績でいるべきだろうが!」
「なんすかその理屈?! 大体勝手に選んだのそっちで……がっ!?」
顎クイ……いや、顎ガシって感じで顎を掴まれ、親指と中指で頬を挟まれめちゃめちゃ不細工なまま、顔を上げさせられ。
そのまま、唇を重ねられた──