三次元の壁は高い。
「はぁ……」
数日後、私は溜息を吐いていた。
(……全っ然ときめかん)
蓋を開けてみたらコレである。
2.5次元的私の幻想は三次元という高い壁の前に脆くも崩れ去っていた。
三次元、恐るべし。
「また貴様か……」
特にコイツ。
さもうんざりしたような様子を全身から醸しつつ傲岸不遜に声を掛け、中庭のガゼボでひとり、ぼっち飯を食う私を睥睨する男──
ジェラルド・クローザー公爵令息。
奴は所謂『俺様系』である。
前世の私は抜群に『俺様系』が好きだった。
覚えてないとはいえ、絶対推しだったであろう方など容易に想像はつく。
なんかの作品転生だとしたら、奴が私の推しだったに違いないのだ。
「退け。 そこは俺の場所だ」
だがこの言い様たるや。
……私が先にいたんですけど?
『俺様系』など、リアルではガッカリだ。
『なにいい気になっとんじゃクソが』としか思えない。
ヤツと初めて絡んだのは、つい先日のこと。
「そこは俺の場所だ、退け」
「……ハァ?」
場所はここではなく、裏庭のベンチ。
目立たないところにあるので、ぼっち飯にはうってつけ。いざ食べ始めるぞ、というところで今日と同じようにコイツに邪魔された。
その時は物凄く不機嫌だったらしく、私の反応がやや遅れたことにより盛大に舌打ちをした奴は、
「俺は今不機嫌なんだ……!」
などと宣いながらベンチの背に足をバーン!
「ヒイッ?! ……あっ」
その拍子にまだ一口も食べていないハンバーガーの具がパティを皮切りにずるりずるりと抜けてしまった。
「あっあっ……!? ああーッ!!」
──ハンバーガーは本来ぼっち飯には向かない。
このメニューを貴族学園の女子生徒が頼む場合、ナイフとフォークが必須である。テーブルでお上品に食べるべき料理なので、外でなど食べられないのだ。
しかし前世の記憶が『ハンバーガーはかぶりつくもの』と言っている私は、学友達のお誘いをやんわり躱し、ひとりこっそり堪能する予定だった。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
なのに、なのにだ。
私の手元に残ったのはバンズのみ。
生意気にも『バンズ』などという小洒落た名称を名乗っているが具抜きのヤツなど切られたパンに過ぎない。
最早なにもかもが許せなくなった私は、衝動の赴くままにバンズを叩きつけた。
奴の顔めがけて。
そりゃーもう、前世で観たアニメのハイパー具現化スキルをお持ちのパン屋のおじさんが如く、『貴様の新しい顔はコレじゃー!』と言わんばかりの勢いだったと自負している。
尚、落としたモノは拾い、テイマーの先生が飼育しているヘルフォックスにあげた。
先生に後でめちゃくちゃ怒られた。
(なんで絡んできたんだろう……折角わざわざ場所を変えたというのに。 裏庭行けよ)
もしや不本意にも『おもしれー女』ポジフラグをたててしまったのだろうか。
(そもそも私はモブだし大丈夫だと思うけど、本音は心に留めておくか)
本来の私ならば眉間に皺を寄せ、下から舐め回すように『ハァァアアァン?』(※語尾強めで)が正解なのだが、まあ仕方ない。
心で舌打ちを盛大にしつつ、令嬢らしく恭しくカーテシーを取った。
「……どうぞ? お座りくださいませ、ワタクシは失礼させて頂きますので」
攻略しようという気は毛の先爪の先程ない。
なんせ『おもしれー女』ポジの美味しさなど、ときめきありきである。
あの時、バーガーの具と共に『俺様系』への憧れも失墜した私にとって、奴への『トゥンク』の発生など皆無であり今後も絶望的。
ここは不快に思おうと我慢し、戦略的撤退一択だ。
「ちっ……気色の悪い」
そう、思ったものの。
「──誰がきしょいかこのクソ学園私物化野郎が」
残念なことに、私は短気であった。
その傾向は田舎で育った現世の方が強い上、前世の語彙が酷かったせいと学園内貴族子女だらけという『おほほ、ワタクシ令嬢ですわ』を強いられる抑圧された環境下におけるストレスによって拍車が掛かっていた。
わかっていても、煽りには抗えぬ。
私は覚悟を決めた。
攻略というより、喧嘩の。
こうなったら好きに喋らせろ。
こちとら令嬢ぶらない会話に飢えているのだ。
「『俺の場所』とか、よく恥ずかしげもなく言えますね。 アンタなんでも私物化しないと気が済まないワケですか? 『お前のモノは俺のモノ』なクチですか?」
「ぐっ?! なっ、なんて不敬なヤツなんだ!」
「あら、敬えるところが身分以外にあるとか思ってんすか? ざぁ~んね~ん! 学園で身分を持ち出すなんて校則違反ですゥ~!」
学園では建前上、身分を持ち出してはいけないことになっている。
実際高位貴族が身分を笠に着て云々というより、周囲の忖度が主。
バンズを叩きつけたことにお咎めが一切なかったことからの推測だが、口では多少『不敬』とか言ってもコイツは心根から高位貴族なのか、身分を笠に着ないと見ている。
どうやらその手の『婚約破棄ざまぁ』の話の世界ではないのかもしれない。
コイツを含むイケメン6人に婚約者もいないみたいだし、やはりコンシューマー系乙女ゲー説濃厚か。
(それに大概『俺様系』って、身分での特別扱いを嫌うんだよね……)
そのくせ尊大とか、いい加減にせい。
謙虚に生きんか、謙虚に。
「それともなんですか? パパンに『学校でボクちんに逆らうヤツがいるでしゅ~』って泣きついて実家を没落させたりするんですか? ……おおこわッ!」
「家のことを持ち出すな! するわけないだろう!! 大体俺はそんな口調じゃない!」
「ですよね~。 はー安心安心、言質は取りましたからね?」
なんだかんだこの国は身分社会。
ちょっとだけ不安だったので、これでひと安心だ。
「待て!」
「なんですかもう、場所は空けたでしょうが」
「ちっ…………コレ」
舌打ち後に間をあけて、ぞんざいに寄越したそれはハンバーガーだった。
「え、ああ……どうも、アリガトウゴザイマス?」
「なんで疑問形なんだ」と言って、奴は横に座る。
「わざわざこの為に私を探してたんですか」
「自惚れるな、俺のだ! だが前回落としたのは事実だからな。 幸いふたつある」
なんでふたつあるんだよ。
そう思ったけど、育ち盛りだからか私の分も買ったのか判別がつかないのでツッコむのはやめておいた。
「おい、お前。 名前は?」
「あ、シェリル・マクブライトです。 つーか名前も知らんで探してたんですか?」
「探してない!」
特にときめきはなかったが、『スパダリ王子様系の人気の中、必死でその手のキャラクターが出てくるモノを求めていた筈だというのに……私の前世の努力を返せ!』というヘイトは無くなった。
食べ物に罪はないのである。