第五章 長月の真実 その3
神社から出て、道を真っ直ぐに南下していく。
歩きながら、翡翠は現在向かっているお店について説明をしていた。
「今日行こうとしているお店のポイントは、本を読みながらスイーツを食べられるところなんです」
「本を読みながら、ですか?生憎、今手元に本はありませんが……」
東雲は疑念を孕んだ声音でそう言った。
「大丈夫ですよ。私たちは持って行かなくて良いんです。お店の中にたくさんありますから」
翡翠の言葉で、東雲がすっきりとした表情になる。どうやら今ので理解し、納得したようだ。
「なるほど。お店に本棚か何かが置かれており、そこに詰められている書籍を選んで読むことができる、というわけですね」
「ご名答です!!それに加えて、コーヒー等の飲み物やケーキ等の軽食を注文することができるんです。自分の気に入った書籍をめくりながら甘いケーキをいただけるなんて、最高ですよね」
翡翠はニコニコしながら東雲の言葉に応えた。
東雲は一瞬驚いたような表情を浮かべたと思ったら、たまらないというように吹き出して、クスクスと笑い始めた。
彼がなぜ笑い出したのか理解できず、首を傾げていると、笑いながらもすみません、と言って東雲が口を開いた。
「いえ、翡翠さんがあまりにも嬉しそうで、今にも飛び跳ねそうだと思ったんです。それで、その姿を想像してしまったわけですが……それがなんとも微笑ましくて思わず」
「吹き出した、と。私そんなにはしゃいでいるように見えましたか?」
東雲から視線を逸らし、恥ずかしさを誤魔化すために少しだけ怒ったような表情を浮かべた。残念ながらこの神様は全てお見通しのようなので、全くもって意味はなかったが。
「ええ、それはもう。」
「楽しみで浮かれているのは認めます。ですがいくら私でも、飛び跳ねるような子どもっぽいことはしませんからね!」
「承知していますよ。この一年間、多くの時間を翡翠さんと共有する中で、あなたの思考と行動の傾向は掴めていますから」
東雲の言葉に、翡翠は一瞬固まった。
『なんか、サラリとすごいこと言われたような……。』
東雲に全て見透かされているようで悔しく感じると同時に、気恥ずかしさも感じた翡翠は、視線を地面に落として歩いた。
しばらくそうしていると、ふと気がついた。
『そういえば私、あまり東雲の予定とか聞かなかった。』
半ば無理やり連れ出してしまったような気がして、本当に来ても大丈夫だったのだろうかと、今更ながら心配になってきた。
「あの、東雲」
少し遠慮がちに声を出した翡翠に、東雲が不思議そうな表情を浮かべる。
「どうかしましたか?」
「いえ、その……本当に神社から出てきてしまって大丈夫でしたか?突然押しかけて半ば強引に連れ出してしまったので……」
東雲は一瞬キョトンとした後、陽だまりのようにふわっと微笑んだ。
「行こうと決めたのは私の意思ですので、ご心配には及びません。お気遣いありがとうございます。
あなたとこうした日常を楽しむことができる僅かな機会を、逃すわけには行きませんから」
その言葉が何を意味するのか、翡翠にもわかった。
東雲と出会ってから、もう少しで一年が経とうとしている。彼が当初告げた通り、一年が過ぎて仕舞えば、東雲が私を守護してくれる期間が終了してしまうのだろう。
そして、東雲との関係も________
そう思うととても悲しくて、寂しくて、翡翠は返答をすることができなかった。
「すみません、今の発言は忘れてください。せっかく誘っていただいたのに、しんみりしたままで終わるのも嫌ですからね。
それで、本日のお店にはあとどれくらいで到着するんですか?」
「そう、ですね……。」
いきなりの話題転換に翡翠は一瞬戸惑ったが、東雲の気遣いをありがたく受け取ることに決め、気持ちを切り替えるように笑顔を作った。
「もうすぐ到着するはずです。そうそう、以前通った際に____」
翡翠は目的地のお店にまつわることを話し始める。東雲にも先ほどのしんみりとした雰囲気はない。
会話を交えながら足を進めると、すぐに目的地のお店が姿を現した。




