第五章 長月の真実 その2
相変わらず、境内は清潔に保たれ、静けさが横たわっている。玉砂利を踏みしめる音がうるさく聞こえるほどだ。
翡翠は自分から発せられる音を抑えるために、先ほどより少しだけ丁寧に足を運ぶようにした。舞殿の横を通り過ぎ、その先にある立派な門の前に立つ。
「東雲?いらっしゃいますか?」
翡翠が門前で声をかけると、即座にギギギッ……という音を立てながらその扉が開いた。
これは、入って来いということだろうか。
どうすればいいか分からず、門の入り口で戸惑っていると、こちらに向かってくる東雲の姿が見えた。
中門のすぐ側を歩く彼の足元には、一匹の白い猫がいる。
一緒に並び歩いていたが、東雲が猫に向かって何かを話かけたかと思うと、猫はそのまま元来た道を戻ってしまった。どうやら彼の言葉がわかるらしい。
『とても可愛くて、賢い猫ちゃんだなあ。』
次第に距離が近づいてくる東雲の姿をぼんやりと眺めながら、翡翠はそう思った。
東雲は翡翠の前まで来て、軽く会釈をした。それを見て、慌てて会釈を返してから、東雲に話しかけた。
「いつものことながら、よく私が来たってお分かりになりましたね」
「まだ慣れませんか?この社は私の支配する領域です。どのような者が入ってきたのかは、気配でわかりますよ。」
「そうでしたね。わかってはいるんですけど、どうしても慣れなくて。神様にとっては普通かもしれませんが、人間の世界ではあり得ないことですので、普通に驚いてしまいます。」
「そういうものですか。____ところで翡翠さん、私に何か用がおありなのでは?」
東雲に言われて、今日自分がここに来た目的を思い出した。
「そうです!!もし時間があるようでしたら、甘いものでも食べに行きませんか?というお誘いに来ました。もちろん急な申し出なので、断っていただいても構いません。
都合が悪いようでしたら一人か、もしくは碧泉さんを誘って行こうかと」
「ぜひ、ご一緒させてください」
とても綺麗な笑顔で、東雲は即答した。
顔は笑っているが、なんとなく機嫌が悪いように感じるのは気のせいだろうか。
そんな考えも、東雲が翡翠からの誘いを二つ返事で受けてくれた嬉しさに押しやられ、どこかへ行ってしまった。
「ありがとうございます!!!!では、お店に向かいましょう。」
翡翠が嬉々とした表情で鳥居へ向かって歩み始めると、東雲は小さく微笑んでから、その後を追って歩き始めた。




