第四章二節 鳴神月の鎮魂歌 その7
「ええ、まあ。翡翠さんにも、大いに関係があるものですよ。今度、見てみますか?
______なんて、残念ながら東雲の目が怖いので、辞めておきましょう」
「東雲……?」
「いえ、なんでもありませんよ。彼の蒐集物が人の目に触れるのは、あまり好ましくないので」
「そう言うことでしたら、遠慮させていただきます。神様の世界にも、色々と事情がありそうですので」
翡翠の返答に、碧泉が反応する。
「あなたは本当に利口ですね。他の点も含めて、人にしておくのは惜しい。____何はともあれ、事態が解決して良かったです。これで他の神々に貸しもできた。良い交渉材料になるのでは?」
そう言って、碧泉は東雲を一瞥した。東雲は不本意だとでも言うように、顔を顰めた。
「碧泉はどちらの味方なのですか」
「さあ、どちらだろうね」
不敵に笑う碧泉を見て、東雲はさらに険しい表情になる。
翡翠は二柱の会話の意味が分からず、ただ黙って聞いていることしかできない。
沈黙を破ったのは、東雲だった。
「まあ、不本意ながら交渉材料を得たのは確かですし、ここは素直に感謝することとしましょう。____そういえば碧泉、この後報告に行かねばならないのでは?」
東雲の放った一言に、碧泉は「しまった」と呟いた。
「その様子だと忘れていたようですね。私も行かねばならないので、早く済ませてしまいましょう」
「はいはい」
碧泉は心底面倒臭いと言うように、ため息混じりに返事をした。
「と言うわけで翡翠さん、私たちは今から大神の元へ報告に行って参りますので、ここで失礼します」
「は、はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがとうございます。____まだ不安定な部分もありますので、翡翠さんもどうかお気をつけてお帰りください」
翡翠は東雲の意図するところがわからなかったが、とにかく頷いた。
「では」
東雲の声が耳に届いたと思った次の瞬間には、既に二柱の姿はなく、境内には翡翠一人が取り残されていた。
「そういえば、雨が止んでる……」
いつの間にか、境内を濡らす雨は止んでいた。
翡翠は舞に夢中で気がつかなかったが、もしかしたら舞の最中には既に止んでいたのかもしれない。
「まあ、どうでもいいか」
そう呟いて、翡翠は出口に向かって歩き出した。
今日見たあの光景を見れたことの方が、翡翠にとって何倍も、何十倍も大切なことだった。
『家に帰ったら、日記にでも書き記そうかな』
神秘的な光景を頭の中に思い浮かべながら、翡翠は軽い足取りで神社を後にしたのだった。
[第四章二節 完]




