第四章二節 鳴神月の鎮魂歌 その4
右手の神楽鈴を鳴らし、左手に持つ扇をクルクルと回しながら、軽快な足取りで踊り続ける東雲の姿は、他に類を見ないほど美しい。
纏う着物に施された金糸が、舞殿の灯火を反射して光り輝く姿は、東雲自身が光を発しているのではないかと思うほどだった。東雲の持つ陽の雰囲気がそう思わせるのだろうか。
一方の碧泉が奏でる笛の音色も、素晴らしいものだった。
彼の奏でる笛の音は、どこか優しさがありながらも、聴いているものに、月のような静謐さを感じさせる。
夜闇に抱かれて眠る赤子のようだなと翡翠は思った。
全身が包まれているような、そんな心地がする。
このまま、溶けてなくなってしまうのではないか。
そう思うほどに、碧泉の笛の音は優しかった。
東雲が衣擦れの音を響かせるたび、碧泉が笛に息吹を吹き込むたびに、それぞれの放つ存在感が混ざり合い、大きくなっていくのが肌で感じられた。
きっとその存在感というのは、彼らが放つ神気であろう。
目の前で繰り広げられる非現実的で幻想的な光景に、翡翠はただ黙って見惚れることしかできなかった。
「いかがでしたか。」
舞が終わったと翡翠が認識したのは、舞殿から東雲に声をかけられたときだった。
「どちらも……本当にすごかったです。私の語彙では到底言い表すことができないほど、東雲の舞も碧泉さんの演奏も綺麗でした。
何ていうか、こう……優しさに包まれて、そのまま溶けてしまうんじゃないかって思いました。」
一瞬、東雲が息をのんだのが分かった。
『私、何かまずいことでも言ってしまったのかな』
そう思ったが、東雲の様子から、その考えは違うらしいことを悟った。
「それで、翡翠さんの体に異変はありませんか?どこか痛かったりとか、変な感じがする、とか」
「いえ、特にそういうのはないですけど……」
翡翠の言葉に、東雲が安堵の表情を浮かべた。
その横で、碧泉は少しだけ目を細め、口元を扇で覆った。
それが何を意味するのかは、翡翠にはわからなかった。
「僕の思った通りでしたね。今宵はよく眠れそうです。」
「あなた、まさかこれが目的で……!」
「そんなわけないでしょう。先ほど話したことは本当です。実際、大丈夫だったでしょうに。これはただの副産物ですよ。」
勝ち誇った表情で碧泉が東雲に言うと、東雲は悔しそうに顔を背けた。
「あの、いまいち状況が理解できていないのですが、結局これは何のための舞だったんですか?」
これ以上置いてかれるわけにはいかないと思った翡翠は、思い切って聞いてみることにした。




