第四章二節 鳴神月の鎮魂歌 その1
雨が降っている中、翡翠は東雲の住う神社を訪れていた。
既に梅雨入りが発表され、全国的にも雨が多いこの季節にしては、神社の境内はあまりぬかるんでいる箇所は少なかった。
傘から滴り落ちる雨粒を見ながら、翡翠は「濡れてもいい服装で来て良かった」と呟いた。
今日の翡翠は、白の地に黄色の小花が描かれた半袖シャツにカーキ色のキュロットを履いていた。
キュロットは短めなので雨が降っていても裾が濡れたりすることはない。靴にはサーモンピンクのヒールサンダルを選択。
こちらも雨に濡れても大丈夫なように、防水加工がされているものだ。
しとしとと降る雨を見上げながら、翡翠は水を切るように、一度くるりと傘を回した。
そのまま二ノ鳥居を潜り抜け、境内へと足を踏み入れた。
手水舎や舞殿を通り過ぎ、邸宅への入り口である門の前へと向かう。
重厚な門の前には、傘をさして佇む一つの影があった。
「こんにちは、東雲」
翡翠が声をかけると、傘の先が少し上がり、東雲の美しい顔が見えるようになった。
「こんにちは、翡翠さん。雨の中ご足労いただきありがとうございます」
いつもながら丁寧に挨拶を返してくれた東雲に、翡翠は笑みを返した。
「いえいえ、こちらこそ、雨の中お出かけを承服いただきありがとうございました。最近はお忙しいようでしたが、大丈夫ですか?」
「はい。少々他の領域を治める神々との会合が立て続けに入っており、翡翠さんのお誘いをお断りさせていただく日が続きましたが、本日は大丈夫です。本当はお供したかったのですが、どうにも……」
東雲が申し訳なさそうに眉を下げる姿を見て、翡翠は慌てて傘を持っていない方の手を振った。
「お気になさらず!!私は一人でも楽しめる性なので。それよりも、今日は今までの分もめいいっぱい楽しみましょう!」
翡翠の言葉に、東雲は先ほどまでの曇った表情を氷解させた。
「ありがとうございます。そうですね。本日は存分に甘味を堪能したいと思います。……それで、本日はどのようなお店に連れて行ってくださるのですか?」
「季節ごとのパフェが有名なお店です。詳細は、歩きながらお話しさせていただきますね」
「承知しました。では、行きましょう」
東雲の返答を合図に、一人と一柱は歩き始めた。
*
参道を歩きながら、翡翠は再び口を開く。
「それで、今日のお店についてなのですが、名前は『Arctic Night』と言います。この神社からそう遠くはない距離なので、あまり濡れずに行けると思います」
「承知しました。先程、季節ごとのぱふぇが有名だとおっしゃっていましたが、今の季節のぱふぇはどんなものかご存知ですか?」
「朝顔の抹茶パフェ、だそうです」
言いながら、翡翠は今朝見てきたパフェの画像を思い浮かべていた。
一番下には抹茶ガトーショコラが敷き詰められており、その上には生クリームと抹茶ソースの層がある。さらにその上に、小豆の層が重ねられている。
一番上には手摘み一番茶の濃厚な抹茶アイスとバニラアイス、生クリームがこれでもかというほど乗せられており、贅沢な一品だった。
さらにバニラアイスと抹茶アイスの間にちょこんと乗せられているのは、朝顔の形をした二つの練り切り。それぞれ濃いピンクと淡い青で彩られており、とても可愛らしい。
きっと、コーヒーとの相性も抜群だろう。
翡翠がその味を想像してニマニマしていると、横で歩く東雲が「朝顔……」と呟いた。
「何か気になることでもありましたか?」
「ああ、いえ、大したことではないのです。朝顔のぱふぇと言うくらいですから、材料には朝顔が使用されているのか気になっただけで」
「なるほど。私も最初はそう思いましたが、どうやら練り切りが朝顔を象っているので、そう名付けられているようですよ」
「そう言うことでしたか。それならば、朝顔ぱふぇという名にふさわしい一品ですね。今日は雨とはいえ蒸し暑い日ですので、とても美味しく食べられそうで、今から楽しみです」
「ですね。早く参りましょう」
森が奏でる音を聞きながら歩いていると、一ノ鳥居の前に赤い和傘をさした影があることに気がついた。




