第四章一節 水無月の戯れ その10
「この組み合わせから既に想像はついていると思いますが、この水瓶の中に入っているものを飲んでいただきたいのです。」
「中に、飲み物が入っているんですか?」
「ええ、そうです。」
碧泉は、何か含みのある笑顔を浮かべ、翡翠にその水瓶を差し出している。
どうすれば良いか分からず狼狽えていると、見かねた東雲が翡翠と碧泉の間に割って入った。
「あなたが持ってきたものなんて、翡翠さんに飲ませられるわけないでしょう。」
そう言い放った東雲は、怪訝な顔で碧泉の手にした水瓶を見た。
「絶対そう言うと思ったよ。まあ、僕の説明を聞いたら君も承知することになると思うけど。」
「随分と自信がお有りのようですね。それなら、説明していただきましょうか。」
碧泉は東雲の言葉には答えず、ニコリと微笑んでから説明を始めた。
「この水瓶には、ある液体が入っています。その名も『水鏡』」
その言葉を聞いた東雲はわずかに瞳を揺らした。それを見逃さなかった碧泉は満足そうな表情を浮かべ、説明を続けた。
「神々の間では有名な水でしてね。人の子によって飲んだ際に出現する反応が異なるそうです。
簡単にいうと、飲んだ人の子が極楽に行けるようであればその水は酒に変わり、酔っ払った状態になります。逆に、地獄に行くような者が飲めば、その水はたちまち毒に変わる、というものです。
僕はこの水の存在を知った時から、ずっと人の子に試してもらいたいと思っていたのですが、なかなか良い人の子が現れなくて……」
「なるほど、そこで私に白羽の矢が立ったわけですね」
つまりは、私に実験台になれと。
しかも、害がない実験ではなく、私が善人でなかった場合はもれなく死ぬ、という特典付きだ。
正直、この液体を飲みたいとは思わない。
でも________
チラリと東雲を見た。
仮にも、東雲は私に加護を授けてくれた張本人であり、危機から救ってくれようとしている。
その東雲がさっきから黙ったまま、一向に口を挟んでくる様子がない。
もし、これが私がを死に至らせるようなものであれば、止めてくれるはずだ。
東雲が止めないというのであれば、これを飲んでも私は大丈夫だ、ということなのだろう。
翡翠は観念して、溜息混じりに答えた。
「わかりました。お望み通り、飲みましょう。正直、どうなるのかは気になりますし。」
翡翠が頭の中で出した結論は、碧泉からの提案を受け入れるというものだった。
翡翠の言葉を聞いた碧泉は、満足げにうなずいた。
「それでは、このお猪口を持ってください。僕が『水鏡』を注ぎますので。」
翡翠は黙ったまま頷き、差し出されたお猪口を右手に持つ。
そこへ、碧泉が液体を注いで行った。
お猪口自体は小さいので、すぐにいっぱいになってしまう。
「では、いきます」
そう宣言して、翡翠は一気にお猪口の中身を飲み干した。




