第四章一節 水無月の戯れ その5
それから暫くしても、二柱の言い争いは終わらなかった。
いつも冷静沈着に物事を見る東雲と碧泉は、どこか飄々としていて掴みにくいと思わせられるのだが、今の二柱にはそんな雰囲気は微塵もない。
ということは、いつもは着物を纏うように取り繕った姿なのだろうか、と少しだけ気になった。
そうだったとしても、今こうして飾らない姿を見せてくれているので、多少なりとも信頼してくれているのかなと思う。
まあ、正直こういう事態に慣れていないので控え目にして欲しいとは思うが。
一瞬、間に入って止めようかとも思ったが、啀み合い、言い合いながらも、着実に歩を進めてくれているので、翡翠は何も言わないでいる。
話は先ほどの話から移りに移って、さらに昔にあったらしいいざこざの話を始めた。
あの時はこうだった、この時はこうだったと言い合っている様子から、東雲と碧泉は相当古くからの付き合いだと見える。
さらに話の節々から感じたのは、神様にもいろんなタイプがいるということ。
東雲のように考え方が人に近い神様もいれば、碧泉のように人の気持ちにあまり興味がないような神様もいる。
この二柱の神様たちを見ていると、そういった感覚の違いを感じることがとても多い。
他の神々はどうなのだろうなどと想像を巡らせながら歩いていると、目的のお店が見えてきた。
「あ、あの赤い和傘があるお店です。」
そう言って、翡翠は一つの建物を指差した。
言い合いをしていた二柱の神はそこでぴたりと発言を止め、翡翠の指先の延長線上にあるお店に視線を滑らせた。
「木々に囲まれた素敵なお店ですね」
東雲はそう言って翡翠に微笑を向けた。
「ですよね!私もそこが行ってみたいと思ったお気に入りポイントの一つなので、そう言っていただけて嬉しいです」
翡翠は自分でも声が弾んだのがわかった。
やはり、自分が選んだ場所を良く行ってもらえるのは嬉しい。
もちろん、褒められているのはこの素敵なお店の方だが。
その一方で、碧泉はマジマジとそのお店の外観を見守っていた。
無表情の彼からは、何の感情も窺い知ることはできなかった。
「それでは、入りましょうか」
翡翠の一言で、一人と二柱の一行はお店の中へと足を踏み入れた。
*
今日訪れたお店は『紫陽花』という名前のお店だ。
うさぎの形をしたおまんじゅうが可愛くて美味しいと、地元の人から人気を集めている。
小さい民家を改装しており、玄関に掲げられた木彫りの看板が目を惹く。
以前東雲と一緒に足を運んだ『狐火』というお店では、中庭に赤い和傘が置かれていたが、このお店では入り口に置かれていた。
翡翠が格子戸を開けて入り口を潜ると、薄いベージュ色のテーブルが並んでいる光景が視界に飛び込んできた。
窓は大きく、すぐそばに紅葉が植えられているため、窓の向かい側の席に座ると春と夏は瑞々しい緑の紅葉を楽しむことができ、秋には赤や黄に染まった紅葉を楽しむことができるという、何とも贅沢な景観を有している。
翡翠は窓の外を横目に見ながら、店内をぐるりと見回した。
幸い、店内に人はおらず、ゆったりと楽しむことができそうだ。
こういうお店は女性客が多いので、お店に入っても人からの視線を受けるのではないかと心配していたが、それは大丈夫そうだった。
窓際の席を選び、一人と二柱は腰を落ち着けた。
四人掛けの席なので、自然と東雲が横に、碧泉が向かい側の席に座る形になった。
まさに両手に花だな、と思いながらも、翡翠は頭を切り替えるべく二柱に話しかけた。
「お店としては少し残念かもしれませんが、店内には私たちしかいないのでゆったりと寛ぐことができそうですね。」
翡翠の声に反応したのは、碧泉だった。
にこり、と美しい笑みを浮かべ、次いで爆弾発言を落とした。




