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導きの神様  作者: 夕月夜
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第一章一節 長月の出会い その7


「あの、『東雲(しののめ)』というのはどうでしょうか。東に雲と書く、あの東雲です。」



翡翠は、考えついた一つの名前を口に出してみた。


神様は少しの間何事かを考え込んでから、視線を上げた。



「東雲……ですか。驚きました。よければ、その由来をお聞かせ願えますか」



神様の問いかけに、翡翠は頷き返して説明を始めた。



「えっと、神様を表すような綺麗な名前をと思って、神様を少し観察させていただいたきました。

その中で、神様の瞳と、帯につけている房飾りを彩る赤と、着物の袖や裾、鼻緒の橙が目につきました。せっかくなので、どちらも取り入れたいなと思って頭の中で混ぜてみたんです。


そしたら、ああ朝焼けみたいな色だなって思って、そこから東雲がいいんじゃないかなって思いつきました。

…………どう、でしょうか。」



自分で言うのも何だが、翡翠は自分が思いついた東雲という名前は、最高の名前だと思っている。


しかし、いくら自分が気に入っていたところでそれが神様に気に入られるかはわからない。

翡翠はドキドキしながら神様からの返事を待った。




「東雲……東雲……。うん、とても素敵な名ですね。ありがとうございます、翡翠さん。

今日から私のことは、東雲とお呼びください」


「本当ですか!!よかった……」



東雲が喜んでくれたことに安堵し、翡翠は深いため息をついた。



「ええ、本当ですよ。すみません、そこまで気負っていただく必要はなかったのですが」



そう言った東雲の表情は少し申し訳なさそうに、でも少しだけ嬉しそうに見えた。


翡翠の気のせいかもしれないが。



「他人の名前なんてつけたことないですし、ましてや神様に自分の考えた名前をつけるなんて……緊張しない方がおかしいと思います」


「やはりそういうものなのですね。前に私の名を考えてくれた方々も全員そう言ってました。一応申し訳なくは思っているのですが、必要な行為ですので、最終的には無理やりにでも考えてもらっています。」



着物の袖を口元に持っていく仕草はとてもきれいなのだが、その笑顔は何かを孕んでいるように見えた。


____もしかしてこの神様、あまり関わらない方が良い部類なのでは?



翡翠はその前途を思い、苦笑することしかできなかった。




「期限付きですが、改めてよろしくお願いします。____それでは、一緒に『日常』を楽しみましょう。」



翡翠の気持ちを知ってかしらずか、東雲はニコリと優雅に微笑んで、念を押すような言葉を翡翠へと向けた。


今日ほど自分以外の者の笑顔が怖いと思ったことはない。


翡翠は顔を引きつらせながら、一応、「よろしくお願いします」と頭を下げた。


そこでようやく、体の自由がきくようになったが、翡翠は全身の筋肉の力が抜けてペタンと地面に座り込んでしまった。


立とうと思ったが、全然力が入らない。


終始翡翠の様子を見た東雲は、翡翠に手を差し出してきた。

どうやら立たせようとしてくれているらしい。


一瞬だけ、その手を取るかどうか悩んだが、せっかくの好意を無駄にするのは申し訳ないと思い、最終的に差し出された手を掴んだ。



『あたたかくて安心する手……』



安らぎを得たのも束の間、神様の手の温もりを感じた一瞬ののちには、もう立たされていた。



『特に腕を引っ張られたような感覚もなかったのに、どうやって……』



そう思って、首を横に振る。相手は神様だ。人間ができないことができて当然だろう。


翡翠は神様に触れた方の手を反対の手でギュッと握りしめ、「ありがとうございます」と頭を下げた。


神様は、「これくらいなんて事ありませんよ」、と言って微笑んだ後、何かを思い出したように両の手を打ち合わせた。



「そうそう、私の名を呼ぶ時は、呼び捨てでお願いしますね。」



突然付け加えられた無茶振りな要求に、翡翠は自分でも大袈裟だと思うくらいに反応してしまった。



「えっ、なんでですか!?」

「敬称などをつけずに名を口にしていただいたほうが、力が伝わるので。」

「なるほど……。そういうことでしたら、仕方ありませんね。

恐れ多くてあまり気乗りはしませんが、これからは東雲、と呼ばせていただきます。」



翡翠に名を呼ばれた東雲は、応える代わりに歯に噛むような笑顔を見せた。


それは、今日必然的に出会うことになった神様が見せる、飾らない表情だったように、翡翠の瞳に映った。



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