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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章二節 風光る雛月の寿ぎ その16


「ひさかたの 光のどけき 春の日に」


「しづこころなく 花の散るらむ________紀友則ですね。」


「お帰りなさい、東雲。……はい、そうです。ここから見える景色を眺めていたら、ふとこの歌が頭を過ぎったので。」



東雲は手にしていたお盆をカタリと床に置き、着物の裾を手で捌きながら着座した。



「古来より花といえば桜を刺すことも多いですが、ここには春の花がたくさんありますから、確かに歌に詠まれた情景と似通っていると思います」



「昔の方々は三十一文字(みそひともじ)の中にこんなに素敵な情景を写しとることができたんですよね。本当に凄いです。……そういえば、東雲は和歌を詠むことはあるんですか?」


「ありますよ。嗜む程度ですが」


「よければ今度、私に歌を詠んでいただけませんか?」


「承知しました。その際にはぜひ、翡翠さんも一つ詠んでみてください」


「わ、わかりました。勉強しておきます」



そこで東雲がお盆に載った湯呑みとお皿を一組翡翠の前に置いた。


「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。とても美味しそうな桜餅をありがとうございます」


「普段お世話になっているお礼ですから、それこそお気になさらず。……用意していただいた私が言うのも何ですが、お茶が冷めないうちにいただきませんか?」


「そうしましょう。では、いただきます」


「いただきます」



お互いの挨拶を合図に、翡翠は湯呑みを手に持った。

湯呑みに触れた手のひらから、温もりを感じながら、温度感を測る。


『うん、これなら待たなくても大丈夫そう』


緑茶でもコーヒーでも、湯呑みやカップを持った瞬間に熱いと感じるようなら、猫舌な翡翠は冷めるまで待たなければならないが、今回は必要なさそうだ。


一応、想定外に熱いことを想定し、翡翠は少しだけふーっと息を吹きかけた後に、そろそろと口を湯呑みに近づけた。


再度唇で温度感を確認したところで、口に含んだ。

その瞬間、少しの驚きをもって翡翠は目を見開いた。



「あれ……?何かこのお茶、いつもより美味しいように感じます。全身に優しさが染み渡っていくような、とにかくとても飲みやすいです……!」


「そうですか?」


「はい!あっ、もちろんいつも用意してくださるお茶もとても美味しいですよ。ですが、今日のお茶はこう……心が温まるような、うーん、なんて言えばいいんでしょう」



翡翠は自分の感じたものを的確に表現する語彙を持ち合わせていないこに、もどかしさを覚えながらも、懸命に言葉を探した。口を閉ざして思案中の翡翠の代わりに、今度は東雲が声を発した。



「……実は、今日は特別な日ということもあり、お茶は私が入れたんですよ。普段は私の眷属が淹れたお茶を翡翠さんにお出ししているのですが、せっかくの機会だからと思いまして。

____気が付かないだろう、と思っていたのですが、あなたはしっかりと淹れ手の変化に気が付いてくださりましたね。

なぜだかわかりませんが、とても嬉しいです。ありがとうございます」



その言葉が偽りのない言葉であるとはっきり断言できるほど、東雲の表情はいつになく緩んでいた。



「なるほど。この美味しさは、東雲の真心がこもっているからだったんですね。……お礼をいうのはこちらの方です、東雲。ありがとうございます!

____それはそれとして、特別な日、とは?」



翡翠の問いに対し、東雲はふっと微笑んだ。



「それは、まだ秘密です。ですが、後で必ず翡翠さんに種明かしをすると約束しましょう。それまでは、このお茶と桜餅を堪能してください」


「わかりました。……それでは、桜餅をいただきますね」


「はい」


そこで一度話題は途切れ、一人と一柱の間に沈黙が横たわる。


お互いに小皿に載せられた桜餅を手にして、パクリと一口噛み付いた。



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