第一章一節 長月の出会い その6
「あの、さっきまでは完全に頭から抜け落ちていましたが、一つ疑問が浮かびました。
……神様には、名前__神名があるのでしょうか?」
翡翠の問いかけに、神様は頭を左右に振った。
「残念ですが、私は名を持ちません。
____いえ、そう言ってしまうと少し語弊がありますね。一応、正式な名前を持ってはいるのですが、立場上人の子に教えることが禁じられています。
そこで、私が監視することとなった方につけてもらう、という決まりを設けました。
そういうわけで、翡翠さん。今回も例に漏れず、翡翠さんに私の名を考えて貰います。____さて、あなたは私にどのような名を授けてくださるのでしょうか」
そう言って笑った神様の表情が、一瞬だけ曇った気がした。
「そんな重大な役目をいきなり授けられても困ります……。が、今までの会話から推察するに、神様は私の話を聞いてくれそうにないので、もう諦めました。」
「話が早くて助かります。」
「今の話からすると、私の前にも監視対象になった方がいるということでしたが、その方々はどんな名前を提案されましたか?」
「それは秘密です。言ってしまえば、意識的であってもそうでなくても、そちらに引っ張られてしまうでしょう。
それでは面白みが欠けてしまうので、教えることはできません。」
まあ神様の立場からすれば確かに面白みのない展開になってしまうかもしれないが、こっちとしては見本をくれた方がありがたいのに。
『うーん……せっかくなら被らずに、綺麗な名前を提案したいんだけどな。』
何かヒントになるものはないかと思い、神様を凝視してみる。
『そういえば私、神様の瞳が綺麗で見惚れちゃったんだよね。』
顎に手を当てながら、神様の瞳を盗み見る。真正面から見なかったのは、先ほど神様に注意されたからだ。
『改めてみると、本当に綺麗な色。』
白い肌に珊瑚朱色の瞳、その上端正な顔立ちをしているためまるで陶器で作られた人形のように見える。
翡翠の視線に気がついた神様は、ニコリと翡翠に笑いかけてから、追い討ちをかけるような一言を発した。
「そうそう、ひとつ言い忘れていました。
名前というのは自己が自己であると認識するための大切なものです。そのことを頭に入れて私の名前を考えてくださいね。」
その言葉の重みを理解した翡翠は、一瞬背筋に寒気が走ったような気がしたが、気にしないようにしようと気持ちを切り替えて神様に向き直った。
先ほどよりもさらに真剣に観察してみると、茶色に大小の白い線が入った帯に瞳と同じ色をした房飾りを下げていることに気がついた。
『そういえば、神様が着ている着物にも丹色で扇子が描かれてるし、神様は赤系統の色が好きなのかな……?あ、でも________』
翡翠は顎に手を当てながら視線を佇んでいる神の足下に向けた。
視線の先にあるのは、着物の裾と、同じくオレンジ色に染まった草履の鼻緒。
不思議なことに、翡翠は房飾りや瞳の赤と着物や鼻緒の橙に強く惹きつけられた。
これらが纏っている色は、朝焼けの空を彷彿とさせる。
そう思ったところで、翡翠の頭に一つの名前が浮かんだ。
これなら、きっと神様も気に入ってくれるはず。
心の中で太鼓判を押してから、翡翠は意を決して口を開いた。