第三章二節 風光る雛月の寿ぎ その10
「お店を出た後で、一緒に写真を撮っていただけませんか?」
「写真……ですか?」
「はい。もし叶うなら、東雲との写真を残したいと思いましたので」
翡翠は自分の発言に驚きながらも、口にしてしまったのであればそのまま取り繕わずに自身の内に生まれた願いを伝えることにした。
東雲の顔にも少し驚きの色が見てとれたが、いつもより若干口角が上がっているような気もした。
「それは構いませんが……少し、驚きました。翡翠さんが共に写真を撮ろうと言ってくださるとは」
東雲の言葉に、翡翠は小さく笑った。
「自分でも、驚いています。私が、自分以外の存在に写真を撮ってほしい、なんていう日が来るなんて。」
「何かありましたか?」
「いえ、何も。ただ、東雲と写真が撮りたいなって思っただけです。」
「それは嬉しいですね。それでは、またお店を出たら、桜を背景にして撮影しましょうか。」
「はい!」
東雲からの色良い返事に、翡翠は満面の笑みを浮かべ、お礼を述べる。
『よかった、断られたらどうしようかと思った』
そう思うと同時に、翡翠はほっと安堵の息をはいた。
自分が写真に映ることが好きではないので、東雲もそうであったら、嫌な顔をされるかもしれないと内心ビクビクしていたのだ。
でも、いざ写真を撮ろうと頼んでみると、嬉しそうに笑ってくれた。
もしかしたら、ずっと一緒に写真を撮りたいと思っていてくれたのかもしれない。
自分の妄想でしかないが、そう考えると頬が緩んでしかたがなかった。
翡翠がにやけた表情を必死に戻そうと格闘していると、今度は東雲が翡翠に問いかけた。
「翡翠さんは、どう言った時に写真を撮りたいと思われるのですか?」
「そうですね……。綺麗な青空や夕焼けを目にした時や季節のお花が美しく咲いている姿を見かけた時、史跡に行った時、あとはこうしてカフェに来た時……ですかね」
「翡翠さんとお出かけする際にその電子端末なる黒い板で甘味を撮影している姿を見て思ってはいましたが、やはり翡翠さんはご自身を含めて人の子の姿を対象とはしていないのですね。__撮影した写真は、後日見返すことなどはあるのですか?」
「もちろん見返しますよ!同じ日に撮影した写真などは名前をつけて一纏めにしておくことも可能なので、その機能を使って見返しやすいようにしています。
最近はそこまで手が回らず、まだ纏められていない写真もたくさんありますが……」
最後の方は伏し目がちになりながら答えると、東雲は柔らかく微笑んだ。
「そうでしたか。それでも、見返すための工夫をされているのは素晴らしいことです。お休みの日にでも、整理のための時間が取れたら良いですね」
「はい。今は春休み期間中で普段より時間はある方なので、今度見返しながらやりたいと思います」
しっかりと東雲に視線を向けて言葉を返した翡翠は、その目々目の前のテーブルの表面へと視線を滑らせていくと、蝋燭型のアルコールランプが机の端に置かれていることに気がついた。
「見てください、東雲」
唐突に話題を変えてしまったと思いながらも、翡翠はアルコールランプへの興味を抑えることができず、それを指し示した。




