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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章二節 風光る雛月の寿ぎ その5


しばらく道なりに歩くと、多くの車が行き交う大通りに出た。


翡翠はあたりをキョロキョロと見回すと、無事目的のものを発見することができたので、迷わずそちらへ向かう。


椅子が置かれたその場所にたどり着くと、翡翠はあゆみをとめ、東雲を振り返った。



「それで、その公園というのが少し遠いので、今日はバスに乗って移動したいと思います」



翡翠が移動手段を東雲に伝えた途端、東雲は今まで見たことがないくらいに目を輝かせた。



「ばすというのはあれですよね……そう、蒸気機関車よりも速く走るという」



東雲の言葉を聞いて、翡翠はここでも東雲と自分を流れる時間の違いを感じていた。

きっと東雲が意図する蒸気機関車は、明治初期に運行を開始したもののことだろう。

あまり詳しくは知らないが、確か一八七二年に新橋ー横浜間で運行を開始した蒸気機関車の速度は、四十〜四十五キロほどだったと耳にしたことがある。

文明の利器に対する認識が明治時代で止まってしまっている東雲に伝わるような良い例えがないものかと、翡翠は思考を巡らせた。



「えっと、そうですね。今、この大通りを走っている箱みたいなものを自動車というのですが、バスは車体が自動車よりも大きくて、たくさんの人を乗せられる乗り物なんですよ。

歩けば一時間かかる場所でも、バスに乗ってしまえば十分ほどで着いてしまう速さがあります。もちろん、時と場合によって多少ずれが生じることもありますが」


「それは素晴らしいですね。長距離移動の際には牛車かもしくは神馬に乗りますので、文明の利器である乗り物を利用したことは未だかつてありません。今から乗るのが楽しみです。」



現代の乗り物に関して会話をしていると、一人と一柱が待っていたバス停にバスが滑り込んできた。

開いた中扉からバスに乗り込む。


今回は東雲に合わせるつもりなので、ICカードは使用せず、乗降口の段差の手前に備え付けられた機械から発行される乗車券を取った。


幸いバスの車内は比較的空いており、空席もちらほら見受けられる。


翡翠は適当に二人席を選び、東雲に先に座ってもらってから自分も腰を落ち着けた。


乗り込んだ人々が完全に動きを停止させたところで、バスはゆっくりと動き始めた。




「速いだろう、とは思っておりましたが、まさかこれほどとは……」



腕を組み、流れる窓の外の景色を眺めながら、東雲は感嘆の声を漏らした。


東雲に窓側の席に座ってもらって良かったと思うと同時に、バスに乗る前に聞けなかったことがあったのを思い出し、口にした。



「先ほどは伺いませんでしたけど、東雲はバスの存在については知っていたんですよね?」


「はい、そうです。一応、その他の乗り物についてもその存在と、どういった様相かという本当に簡単な知識はありますが、実際に体験したことのないものばかりでして。

____そういえば以前神の集まりがあった際に、電車に乗ったというものが居りまして、羨ましく思ったことを覚えています。」


「神様の集まりでですか!?ありそうだとは思ってましたが、まさかそんなことが話題に上がるなんて……!」



興奮気味の翡翠に、東雲は翡翠に視線を向けてクスクスと笑った。



「神は基本的に、自分の守護する土地に縛られるものですから、遠出をすることはまずありません。

あったとしても、先程も申し上げように牛車か馬に乗って移動することが普通ですので、文明の利器である電車やばす、自動車等の乗り物に乗ったことがある神は実はあまり存在しないのですよ。

そんな事情もあり、利用すると必ず集会で自慢します。」


「そんな神様事情があるんですね。神様の世界の一端を垣間見ることができて、とても嬉しいです。ありがとうございます、東雲」


「私も素敵な体験をさせていただきありがとうございます。今度集会がある際には、皆に自慢しなくては」


「そうですね。その暁にはぜひ他の神様がどんな反応をされたか教えてくださいね!」


「はい。もちろんご報告させていただきます」



そこで会話が終わり、再び東雲と翡翠は視線を窓の外へと投げた。


こうして乗り物の中から外の世界を眺めるのは久しぶりだったが、一枚ガラスを隔てるだけで、世界が違うように見えると翡翠は思った。


人が身近なものからどこか別世界にある遠くのものに感じられるのだ。


どちらが内側で、どちらが外側なのだろう。


翡翠は流れていく景色を見ながら、そう考えていた。翡翠が考え事をしている間も、バスはぐんぐん進んでいく。


そして気がつけば、バスの中に目的のバス停の名前が響いていた。


バスがその動きを完全に停止させたことを確認してから、翡翠は席を立つ。


翡翠と東雲以外にも降りる人がたくさんいたので、少しだけ待ってから、バスの出口へと向かう。


お金を払いながらバスの運転手さんにお礼を言い、一人と一柱はバスを降りた。



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