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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章二節 風光る雛月の寿ぎ その4


「________さん、_______すいさん、翡翠さん、起きてください」



自分の体が揺さぶられているのを感じながら、翡翠は耳に届いた声音を聞いて目を覚ました。

寝起きの鈍い思考回路を働かせながら、視界にうつっている声の主、すなわち東雲の顔を見た。


『相変わらず惚れ惚れするほど綺麗な顔立ちをしているなあ』


ぼんやりと心のうちで思ったところで、翡翠は春が訪れる少し前に東雲から香るようになった梅の花のような匂いが、いつもより少し近くから感じるような気がした。


考えてみれば、先程まで座っていたはずなのだが、気がつけばまだぼんやりとした視界には釣殿の天井の焦茶色が広く映っており、背中には圧迫感を感じる。


翡翠がまだ重たい瞼を擦りながらしっかりと目を開いたところで、東雲が口を開いた。



「よくお眠りでしたね。ご気分はいかがですか?」


「すみません……。東雲に休んでいただくためにここに居させていただいたのに、私の方が思いっきり休息をとってしまって」


「翡翠さんにとって、この場所が安らげる空間であるのは嬉しいことです。それに、私も十分休息を取ることができましたので、お気になさらず」


「ありがとうございます」


「いえいえ、お互い様ですよ。どうですか?起き上がれますか?もしまだ眠気があるようでしたら、もう少しこちらでお休みいただくことも可能ですが」


「いえ、大丈夫です!!すみません、心地よくて起き上がるのを忘れていました。今起き上がります」



そう言って床に手をついて上半身を起越したところで、翡翠の肩から着物がずり落ちた。

その様子を見た東雲が、ああ、と声を漏らした。



「失礼しました。冬よりは暖かくなってきたとはいえ、まだ外で微睡んでしまうには寒いかなと思いまして、勝手ながら私の羽織をかけさせていただきました。回収させていただきますね。部屋に置いて参りますので、少しお待ちください」


「お気遣いありがとうございます……!その、お着物がとても軽くて気がつかず、お礼が遅くなり申し訳ないです。とても暖かかったです。本当に、ありがとうございました」


東雲がかけてくれた羽織に全くもって気がつかなかった翡翠は、内心ドキドキしながらも東雲の厚意を嬉しく思う気持ちを必死に伝えた。

東雲はにこりと微笑むと、羽織を手にして奥へと消える。


後ろ姿を見送った翡翠は、緊張を解くようにはーっと深い息を吐いた。


『そっか……起きたときに近くから感じた東雲の匂いは、あの羽織からだったんだ』


その事実に気がつくと、翡翠はなんとも言えない気持ちになった。

幸福感と言えば良いのか、はたまた羞恥心と言えば良いのか。

翡翠が複雑な気持ちを抱える中、衣ずれの音をサラサラと鳴らしながら、東雲が戻ってきた。



「お待たせいたしました。では、参りましょうか」



東雲の一言を合図に翡翠は気持ちを切り替え、一人と一柱は行動を開始した。





「確認するのが遅くなりましたが、あれからどこか具合が悪くなったりしていませんか?」



社を出てすぐ、東雲はとても心配そうな声色で翡翠に尋ねてきた。


さらに「本当は、翡翠さんの姿が見えたらすぐに尋ねようと思っていたんですが」と苦笑しながら付け加える。


「そのせつはご迷惑をおかけしました……。今は倒れたのが嘘のようだと思うくらい元気にしてるので、心配しないでください。」


「そうですか、よかった。もし、またそのようなことがあれば遠慮なく言ってくださいね。気を遣っていただくのは構いませんが、黙っていられる方が心配になりますので。」


「わかりました。ちゃんと報告させていただきます」


翡翠が言い切ると、東雲はやっと安心したような表情になり、微笑んだ。


「それで、今日はどのようなご予定ですか?」


「少し遠くなるのですが、川に面した大きな公園の桜並木がちょうど見頃のようなのでそれを見に行こうかと!!ちょうどその近くに私が前々から行きたかったお店があったので、そちらにも行こうと思っています」


「桜ですか。私も、毎年桜の花を見るのは楽しみにしているんですよ。境内にある桜の木がそれは見事な花を咲かせてくれるのです。」


「そうなんですか?先ほどまで境内にいたのに、全く気がつきませんでした。今年ももう咲いていますか?」


「ええ、それはもう綺麗な薄桃色の花が咲き誇っていますよ。拝殿の奥にあるので、今日翡翠さんが気がつかなかったのは無理もありません。まだしばらくは咲いていると思うので、今度いらしたときにはぜひご覧ください」


「はい、いかせていただきます!その時は、ぼた餅を持っていきますね。良ければ桜を見ながら、一緒に食べましょう」


「それは嬉しいですね。楽しみにしています」



東雲は心底嬉しそうに目を弓形に細めた。


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