第一章一節 長月の出会い その5
神様からの言葉が途切れ、少し間を置いてから、「えっ」という声が翡翠の口から漏れた。
『いや待って、この神様私のこと監視するって言った……よね、間違いなく。
____おかしくないですか?なんで私があなた様に監視されなければならないんですか。私はどこから突っ込めばいいんですか!!!!』
衝撃的な言葉に混乱している翡翠を見ている神様は、楽しそうな表情を浮かべている。
どうにか拒否する手立てはないのかと思い、翡翠は口を開いた。
「い、いきなりそんなこと言われても困ります!どうしてそういうことになったのか、楽しんでいないでちゃんと説明してください!」
大声で叫んでしまったが、そのおかげか少しずつ冷静さが戻り、落ち着きを取り戻しつつあるのが自分でもわかった。
「すみません、あなたの表情がコロコロと変わる様が非常に面白くて。
気を取り直して話を戻しますが、残念なことに詳しい経緯はお話しできないのです。今は、まだ。
______ですが、翡翠さんは現在私が介入しなければならない事態に陥っている、ということは確かです」
「それは、どういう……」
「要するに、あなたに危機が訪れているということですね。
先ほども言った通り、詳しいことをお伝えることはできないのですが、私はその危機に対処すべく、あなたを監視する必要があるのです。」
いや、そんなサラリと言われても困ります。
心の中でそう呟いていると、いつの間にか神様が目の前まで移動しており、さらに翡翠の首元に触れるか触れないかのところで手をかざしている。
何か嫌な予感がするので、今すぐにでも飛び退きたい衝動に駆られたが、先ほどと変わらず、身体は自分の意思に反して全く動いてくれない。
「というわけで、これからよろしくお願いしますね。私が予想するに、あと一年の辛抱ですから。
_____これで、私はあなたをいつでも監視できます」
綺麗な笑みを浮かべている神様は、翡翠の首元にかざしていた手を下ろして、満足そうに頷いている。
「何を、したんですか」
特に痛みなどの違和感を感じなかった翡翠が質問を投げかけると、神様は自分の首元をトントンと触りながら
「ここ、見てみてください」
と言った。
ちょうど、鞄の中に入れて持ち歩いていた化粧ポーチに鏡が入っていたため、急いで鏡を取り出し自分の首元を見る。
「え、何これ……」
鏡に映り込んだ自身の首筋には、花の紋様が浮き出ていた。
白い小さな花が集まっているところから推察するに、銀木犀の紋だ。
翡翠はどうにかしてこの紋を消そうと思い、必死で擦ったが、残念ながら全く消える気配がなかった。
「それは私の霊力を込めた紋なので、私が消さない限り何をしても消えませんよ。
ちなみにですが、季節が変化するごとにその紋も変化します。今の季節は秋ですので、秋に花を咲かせる銀木犀を選びました。」
翡翠の中では『銀木犀であっていたんだ』という正解を当てることができた喜びと、『どうして無駄に風流なのだろうか』と言う少しの呆れが混ざった、何とも言えない感情が渦巻いていた。
『驚かされることが多すぎて、逆に冷静になってきたような気がする』
心の中でツッコミを入れていると、全てがどうでもよくなってきた。
皮肉なことに、どうでも良いと思えたことで普段の冷静さを取り戻すことができた翡翠は、神様の名前を知らないことに気がついた。
呼び掛けようとして、どのように呼べばいいか分からなくなったところで、ようやく名前を聞いていないことに気がついたのだ。
先ほどまでの会話で神様の名前を耳にしていないことを一度頭の中で確認してから、翡翠は尋ねてみることにした。