第三章一節 弥生の邂逅 その11
その後は東雲と少し話してから、家に帰った。
東雲が家まで送ってくれるというので、その言葉に甘えることにする。
いつもなら、申し訳ないと言って断っていただろうが、今日は一人になることへの恐怖があった。
なので、東雲の申し出は非常にありがたく感じた。
翡翠が喋らないので、東雲はただ翡翠の横について歩いてくれている。
気を遣ってくれているのが伝わってくるその距離感に、翡翠は感謝しながらただ家を目指した。
家の前までたどり着いて、翡翠は東雲の正面に立ち、頭を下げる。
「歩いている間に気持ちも落ち着いたので、もう平気です。わざわざ家まで付き添ってくださってありがとうございました。」
「そうですか、それはよかったです。あまり気にしないでください。翡翠さんの守護を承っているものとして、当たり前のことをしているだけですから。それに、神社までは本当に一瞬で帰れますので。」
「そう言っていただけると助かります。それじゃあ、家に入らせていただきますね。おやすみなさい」
「何かあったら、遠慮なく呼び出してください。一人が寂しいからというような理由でも構いませんから。
それでは、おやすみなさい。」
翡翠が完全に扉を閉めたことを確認してから、東雲は社へと戻る。
並び建つ社殿は、提灯の淡い光を受け、その朱を強調するように煌々と照り輝いていた。
それを横目に見ながら、東雲はまっすぐ拝殿まで進み、神殿の手前で止まる。
目の前にぽっかりと空いている暗闇は静まり返っており、まるで来るものを拒んでいるかのようだ。
東雲はふーっと深く息を吐いてから、漆黒の空間へと一歩、また一歩と進んでいく。その歩調に合わせるようにして、少しずつ殿舎内の闇が薄らいでいく。
東雲が神殿の最奥へとたどり着いた時、そこには中程に取っ手がついた両開きの扉が二枚あった。
東雲はゆっくりとした動作で取手に手をかけ、その扉を開いた。
ギィ____という蝶番の軋む音があたりにこだまし、扉の内に置かれていたものが姿を現す。
東雲は無言のままそれを手に取り、もうここに用はないとでもいうように、足早に神殿を後にした。
[第三章一節 完]




