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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章一節 弥生の邂逅 その8


傘を伝う雨粒がポタポタと音を立てながら地面に吸い込まれていく。


コンクリートで舗装されているが、道のあちこちに水たまりがあるため、翡翠は下を向きながら歩いた。


今ではすっかり見慣れた東雲の社の前を通り過ぎた時、



「お久しぶりです、城咲翡翠さん」



という少し低めな男性の声が道の反対側から聞こえてきた。


足元へ向けていた視線を声の下方向へと向けてみると、そこには薄い水色の着物を纏い、和傘をさした者が立っていた。


その姿を目にしたとき、翡翠は思わず息をのんだ。


陶器のように白い肌、瑠璃色の瞳は東雲の赤い瞳とはまた違った美しさを持っている。

ショートボブくらいの長さの髪は、艶やかで瑞々しい。顔立ちは人形のように整っていて、とても中性的だ。

先に声を聞いていなければ、女性だと思っていたかもしれない。


ただ、こんなに綺麗な人であれば一度見たら忘れないはずなのに、翡翠はその顔に見覚えはなかった。



「あ、えっと、すみません。私の名前をご存知ということは、以前お会いしたことがあるということですよね。ですが、私にはお会いした記憶がなくて……」



変に取り繕うとかえって相手に失礼だと考えた翡翠は、ありのままを口にしてから頭を下げた。



「顔をあげてください。それに謝らなくて大丈夫ですよ。こちらこそ、変に気を使わせてしまい申し訳ない。

あなたとお会いしたのは一度だけなので、覚えていなくても当然です」



口に手を当て、クスクスと笑うその姿は一枚の絵画のようで、思わず見惚れてしまった。


と同時に、何かが引っかかった。


『あれ、この感覚前にもどこかで……』



「どうかしましたか?」



彼の声でハッと我にかえる。



「すみません、なんでもないです!それより、私に何か御用でしたか?」


「いえ、特にこれといった用事はありませんよ。ただ、あなたを見かけたので呼びかけてみただけです。それに、こんな時でなければあなたに近づくことはできなかったので。

まあ、私の存在を覚えてもらう、という意図がなかったとは言いませんけど」


「そうだったんですね。大丈夫です!!ちゃんと覚えましたから!あ、でもお名前は存じ上げないので、教えていただいてもいいですか……?」


「そういえば、前回会ったときも名は伝えていませんでしたね。構いませんよ。

私は碧泉(あおい)と申します。漢字は紺碧の碧と和泉国の泉です。」


空中に文字を書きながら教えてくれる。



「碧泉さん、ですね。とても綺麗で、素敵なお名前ですね。それにあまり無い漢字の読み方なので、もう絶対に忘れない自信があります」



傘を持っていない方の手を腰に当て、胸を張った。そんな翡翠の姿に、碧泉は愛しむような眼差しを向ける。



「それは嬉しいですね。雨の中引き留めてすみませんでした。またお会いする日を楽しみにしてますよ。では、これで」


「はい、失礼します」



カランという下駄が地面と擦れる音を響かせながら、碧泉は去っていった。

鳴り響く下駄の音は、雨の中なのに不思議と際立って聞こえた。





碧泉の姿が見えなくなり、さて、私も早く家に帰ろうと足を踏み出したところで、東雲の姿が現れた。


東雲は翡翠を認識するや否やいきなりガッと翡翠の両肩を掴んだ。



「翡翠さん、大丈夫でしたか!?あの者に、碧泉に何かされたりしませんでしたか!?」



東雲は翡翠の目を真っ直ぐ見つめ、今までに見たことないような必死の形相で問いかけてくる。



「東雲、一旦落ち着いてください。どうしたんですか?別に何もされていませんよ?

ただ自己紹介的な話をしていただけです。それに碧泉さんはこちらに危害を加えるような方には……」



見えませんでしたよ。


そう言おうとしたとき、ズキリと頭の奥が痛んだ。

その痛みの強さに、思わず頭を押さえてしゃがみ込む。



「翡翠さん?どうしました!?頭が痛むんですか!?」



いきなり蹲み込んだ翡翠を見て異変に気付いた東雲は、「少しの間、辛抱をお願いします」といって翡翠をヒョイっと持ち上げた。



「し、東雲!?何して」



翡翠は驚いて抵抗しようとしたが、痛みに邪魔されてそれはできなかった。



「手荒な真似をしてすみません。社殿で横になっていただこうと思っただけですから、安心してください。社までもう少々かかります。到着するまではこのままの体制で辛抱してください」



東雲が翡翠に語りかけている間にも、翡翠の意識は次第に遠のいていく。


怖い、気を失いたくないと思ったが、体が思い通りになることはなかった。



「もう、無理です…………ごめんなさい……少し……眠ります」


「翡翠さん……?翡翠さん!!!」



こちらを覗き込んで叫ぶ東雲の声も次第に聞こえなくなり、翡翠は意識を失った。


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