第三章一節 弥生の邂逅 その5
「……桜の木は、神々との繋がりが強いことはもちろん、人の子の想いを受け継いでいる、私たち神々にとっても大切な存在です。
そしてそんな大切な花だからこそ、私たち神々の宝____すなわち、人の子である翡翠さんに授けようと思い、選ばせていただきました」
「そんな意味が込められていたなんて、全く思いもしませんでした……。今日知ることができて良かったです。話してくれてありがとうございます、東雲」
私が頭を下げると、東雲はふわりと微笑んだ。
「いえいえ。私としても、翡翠さんに喜んでいただけたなら選んだ甲斐があるというもの。春はまだ始まったばかりですので、ぜひこの期間を楽しんでいただければと思います」
「はい!」
自分でもいい返事だったと思う返事を返したところで、先ほどの会話の中で少しだけ引っかかったことについて、尋ねてみることにした。
「少し話は戻るのですが、東雲は木花咲耶姫様にお会いしたことがあるんですか?」
「ありますよ。遠い昔のことですが」
東雲は少しだけ不思議そうな表情を浮かべたが、翡翠の問いに答えてくれる。
「東雲から見て、木花咲耶姫様はどのように映りましたか?やはり、神様の目から見ても美しい方なのでしょうか」
「ええ、見目麗しい女神であることは確かです。いつも会合等では男神から囲まれていた記憶があります。私は蚊帳の外でしたので、遠目にチラリと見ただけですが」
「そうだったんですね」
東雲の言葉を聞いて、少しほっとしている自分がいた。
『なんでだろう。東雲が他の神様や人間を好いていても、別に私には関係ないのに』
自分の中で生まれた感情の揺らぎに戸惑いながらも、次の話題を振ろうとしたところで、店員さんの影が、私の視線の先の光を遮った。
「お待たせいたしました。二種のブラウニーセットでございます」
お盆をひとつ手にした店員さんが、私と東雲のどちらの前に置こうか迷った気がしたので、手で東雲の方を指し示した。
「ありがとうございます。今もう一つもお持ちいたしますね」
そう言って一度奥へと踵を返した店員さんは、宣言通りすぐにもう一つのセットを持ってきてくれた。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
最後に綺麗な一礼を残し、店員さんは調理場へと戻っていった。
「それでは、いただきましょうか」
「はい。そうしましょう」
どちらからともなく言い出して、「いただきます」と口にしてからお互いの手元に置かれたカトラリーを手にした。




