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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章一節 弥生の邂逅 その4


「お待たせいたしました。こちら、お品書きでございます」


「ありがとうございます」



お水とおしぼりを流れるような動作で置いた店員さんから最後にお品書きを受け取り、店員さんがお店の奥へと去っていくのを見届けてから、黒い表紙のお品書きを開いた。


もちろん、東雲の方に向けて。



「ありがとうございます。ですが、これだと翡翠さんが見にくいでしょう。間に置くことにしませんか?」


「お気遣いありがとうございます。それでは、間に置かせていただきますね」



東雲へのお礼を口にし、翡翠は右手を自身の体に引き寄せるようにしてお品書きを九十度回転させて机の端に置いた。



「種類としてはそこまで多いわけではないのに、魅力的な名前が羅列してあって決めるのに時間がかかりそうです……」



見開き一ページに収まっている品数だが、モンブランや抹茶とほうじ茶のブラウニーなど、魅力的な名前が綴られている。


正直、すぐに決められる気がしなかった。


お品書きに釘付けになっている翡翠を見た東雲は、袖で口を隠しながらクスクスと上品に笑った。

笑い声に釣られて、翡翠は視線を上げた。



「大丈夫ですよ。私も時間がかかりそうだと思っていたところでしたから。時間もありますし、ゆっくり決めましょう」



東雲の優しい笑顔と言葉に、翡翠の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。


「はい、ありがとうございます」



東雲と一緒に過ごすようになってから、『すみません』ではなく、『ありがとう』と言う言葉がすんなりと出てくるようになったと、翡翠は感じている。


それはきっと、東雲であれば受け止めてもらえるという安心感があるから。


そういう存在がいることに感謝しながら、翡翠は改めてお品書きに視線を移した。


それから一人と一柱は散々悩んだ末、お互い同じものを注文することにしたのだった。



注文が済み、ホッと一息ついた翡翠は、今朝東雲に会ったら話そうと思っていたことを思い出した。



「そういえば、この前鏡を見たら首元の印が変わっていました。春の印は桜の花なんですね。

とても可愛いですし、祖母の名前を冠した花と共にあることができるのは嬉しいです」



話しながら、翡翠は自分がこの特殊な状況に慣れていることに気がついた。


最初の頃は印が変化すると驚いて騒いでいたにも関わらず、今はすでに『次の季節はどんな植物に変わるのだろう』と、楽しみにしてさえいる。


東雲にも翡翠の気持ちが伝わったらしく、柔らかく微笑んだ。



「ええ、日の本の春といえば桜ですから。桜は神木として祀られることも多いですし、神とのつながりも深いので、あまり迷わずに決めました。」


「そうなんですね。言われてみれば、確かに桜が御神木として祀られることは多いように感じます。あと、依代とされることもありますよね。」


「はい、よくご存知でしたね。翡翠さんがおっしゃったように、桜は神の依代になるなど、神との縁が深い樹木です。

____時につかぬことを伺いますが、翡翠さんは邇邇芸命(ににぎのみこと)をご存知ですか?」



唐突な問いに翡翠は少し驚きながらも、翡翠は首を縦に振った。



「深い知識はありませんが、名前は知っています。確か、天照大神(あまてらすおおみかみ)のお孫さん……でしたよね?それと、奥さんは木花咲耶姫(このはなのさくやびめ)という美しい女神だったと記憶しています」


「ええ、よくご存知で。

古の人の子が書き記した『古事記』という書物にも言及した箇所がありましたが、翡翠さんが先ほどおっしゃった通り、邇邇芸命は天照大神の孫です。彼は、天照大神の命令を受け、太古の日の本を統治していました。

これも翡翠さんがおっしゃって下さった通り、彼は木花咲耶姫という女神に求婚していたのですが、この女神は「儚く散るものの象徴」である桜の花として描かれています。

「桜」という名前が、この「咲耶」から転じたという説があるのは、かの女神の儚く美しい姿から来ているのでしょう。

また他に、田の神である「サ」と、神の御座である「クラ」が結びついて「さくら」となったという説も存在します。

農作業に従事した古の人の子____大百姓(おおみたから)たちは、満開の桜には田植えから収穫まで見守ってくれる田の神が宿っていると信じ、桜を大切に崇めていたのですね」



そこで一度、東雲は言葉を切った。目を閉じ、何か大切な思い出に浸っているような、そんな遠さを感じた。


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