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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章一節 弥生の邂逅 その3


今回の目的地であるお店は、公道へ出てから見えてくる次の角を左へ折れるとひたすら真っ直ぐに進んだところにあるという、非常にシンプルなルートだ。


道順を調べてみたとき、これなら以前のように思い違いをすることもないだろうと、翡翠は喜んだ。


そのお店は翡翠がいくつかあげた候補のお店の中から、東雲に選んでもらったお店だ。


やはり馴染みがあるからなのか、“カフェ“ではなく、“甘味処“という表現がふさわしい純日本風のお店だった。


そして翡翠が候補に出したお店の中で一番気になると思っていたお店でもあったので、翡翠は東雲からそれと聞いた時、何とも言えない嬉しさを感じたのだった。


その時のことを思い出し、上機嫌で空を見上げると、すっきりとしつつも柔らかさのある、春の青空がそこにあった。


「何だか、久しぶりに青空を見た気がしました」


「そうですね。この季節は花曇という言葉があるように天気がぐずつく日も多いですし、こういった晴れ間は貴重ですので、今日は存分に堪能しましょう」


「はい、そうですね。お店の座席も、空いていたら窓際の席を取るようにしましょうか」


「それは素敵なご提案ですね。窓側の座席が空いていることを祈りましょう」


「はい」



お互いに顔を見合わせて微笑みながら、翡翠と東雲は歩み続けた。





神社から徒歩二十分ほど歩き、たどり着いたのは『曲水』というお店。


江戸末期の文久年間に創業した商家をカフェに改装したお店で、木枠の格子戸を開けて暖簾を潜ると、重厚感のある高い天井と太い梁が真っ先に視界に飛び込んでくるという内装に、翡翠は入った瞬間から心を奪われた。


入り口の両側には下駄箱が設置されており、そこに履き物をしまってから、上り框を跨いでお店の奥へと進んだ。


座席は全てテーブル席で、大きな窓から箱庭の緑をゆったりと眺めることができる。


運良く箱庭の横、すなわち窓際の席が空いていたので、翡翠と東雲はその席に腰を落ち着けた。



「希望通り窓際の席が空いていて良かったです」


「本当に。きっと、翡翠さんの日頃の行いが良いからでしょうね」


「それは東雲が……いえ、そう思うことにしておきます。

それにしても、素敵なお店ですね。お店の中は少し暗いので隠れ家みたいで落ち着きますし、その分ガラス張りの奥に作られた箱庭が浮かび上がったかのように見えてとても綺麗です」


「翡翠さんのおっしゃる通り、本当に落ち着く空間ですね。どこか懐かしさを感じるのは、やはり昔の人の子の生活の面影を残す建物だからでしょうか」


「カフェ……と言っていいのかは分かりませんが、その前は幕末から続く商家だったらしいですし、それはありますよね。でも東雲にとっては、江戸時代末期なんて最近なんじゃないですか?」


「ええ、最近です。ですが、江戸から明治の間には一つの大きな壁があり、明治への改元前と後では生活が全く異なります。

現代はそのどちらともの時代の延長線上に存在していますが、やはり明治以降の西方に位置する外国の文化の影響が色濃く反映しているように感じます。

ですが、このお店は文明開花前の時代の雰囲気を今尚色濃く感じることができるので、懐かしいと思えるのではないかと」



東雲の言葉を聞いた翡翠は、内心『やっぱり最近なんだ』と思う一方で、東雲の感覚には本当に頷けるものがあったので、同意の言葉を口にした。



「東雲のおっしゃる通りだと思います。書物の上でしかその当時の様子を知ることができない私でも、文明開花の前後では文化が違うと感じるので、実際にご自身の目で世の中の移り変わりを見た東雲からすると、明治時代の様子はそれはもう驚きに満ち溢れたものであったのではないですか?」


「それはもう、見たことのないものばかりでしたので驚きの連続でした。

とはいえ、私はとある事情があり、此岸にはあまり顔を出すことはなかったので、彼岸に足を踏み入れた方のお話を聞いたり、その方の身なりや持ち物に触れることにより、今までとは全く異なる、新しい時代が始まったのだということをひしひしと感じました」


「そうなんですね……!私は幕末から明治あたりの時代にとても興味を持っているので、実際にその時代に在った方のお話を聞けるなんて感無量です。ありがとうございます、東雲」


「喜んでいただけたようで何よりです。先ほども申し上げた通り、その時代は少しばかり此岸との繋がりが薄い時期でしたので、話せることは少ないかもしれませんが、何か気になることがあればいつでも聞いてくださいね」


「はい!ありがとうございます」



東雲にお礼を言ったところで、タイミングを見計らったかのように店員さんがお冷とおしぼり、そしてお品書きを持ってきてくれた。

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