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導きの神様  作者: 夕月夜
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第三章一節 弥生の邂逅 その1


静寂の中にポツポツと雨音が響いていた。


『また雨が降ってる。最近雨ばかりだなあ。』


講義教室の窓を伝う雨粒を見ながら、翡翠はうなだれた。春霖という言葉があるように、春先は雨の日が多いのは昔からのことで仕方がないが、正直なところ、翡翠は雨を好きだと思えなかった。


靴も洋服もびしょびしょに濡れてしまうし、普段は自転車で通勤ないしは通学している人たちが公共交通機関を利用するから混む。

さらに、その混雑の影響で列車に遅延が発生することを見越して、いつもより早く家を出なければならない等、憂鬱なことがたくさんあるからだ。


それに、雨を見ると心がざわつく。漠然とした不安が脳裏をよぎる。


昔は傘や窓、植物の葉を叩く雨音が心地良くて、雨の日が好きだったような気がするけど……。


『あれ、昔っていつぐらいの話だったっけ。』


思い出そうと記憶を手繰り寄せても、そこだけ霧がかかったように思い出すことはできなかった。まるで、その記憶を思い出すことを拒むかのように。



いつまでも思い出せないようなことを考えていても埒が開かないため、翡翠は諦めて教室の外に出た。


今日の翡翠は、薄桃色のスプリングコートの中に青の小花が散りばめられたクリーム色のブラウスと紺のロングスカートを履いていた。家に出て来たときは雨が降っていなかったため、ロングスカートという選択肢を選んだのだが、今ものすごく後悔している。


『こんなに土砂降りの雨が降るなら、ハイウェストパンツでくればよかった。』


翡翠は心の中でひとりごちたが、今更そんなこと言ってもどうしようもない。

せめて、雨が弱くなるまで大学の構内に残るかとも考えてはみたが、暗雲が立ち込めるこの空では、その期待を抱くことはできない。


『グダグダ考えずに、さっさと家に帰っちゃおう。』


悩んだ末にやっと心が定まった翡翠は、傘にしたたる雨音を聞きながら家路につくことにした。

結局、家に着いても雨が弱まる気配はなかった。翡翠は自室の窓から空を眺めながら、早く止んでくれることを祈った。


しかし、雨は夜になっても降り続いた。

降り頻る雨粒はまるで、その街に潜んでいる怪しい影を包み隠しているようだった。





雨続きの中久しぶりに晴れ間がのぞいた今日、翡翠はもう毎月の恒例となっている東雲とのカフェ巡りを決行しようと神社を訪れていた。


もちろん唐突に訪問したわけではなく、まだ雪花の舞う頃に東雲から教えてもらった連絡方法により、すでに東雲が今日一日予定のないことは確認済みだ。


ちなみにその連絡方法とは、首の紋様に触れたまま東雲のことを強く念じ、心の中で語りかけるというもの。

そうすれば、私の念が離れた場所にいる東雲に届き、東雲が一時的に私の思考を読み取ることで対話が成立する仕組みとなっている。

精度は大丈夫かと聞いてみたことがあるが、東雲の一部、すなわち印に私が触れることにより、精度を保っているのだそう。


初めて使用してみたときは、『本当に繋がった……』と思わず感嘆の声を漏らしたものだ。


以降、カフェ巡りのお誘いや小さな用事などはこの連絡手段を使って東雲とコンタクトを取るようにしている。


この連絡方法は、去年の秋口に東雲と出会った際にはまだ使うことができなかった。


何故東雲が私に紋様を授けた際に使えなかったかというと、東雲曰く『まだ翡翠さんとの魂の結びつきが弱かったから』だそうだ。


私からしてみれば、秋も冬も特段変化したと感じる部分はなかったが、神様からしたら違うらしい。


残念ながら翡翠にはその違いを見たり感じたりできるわけではないので、知る術はないが。


一ノ鳥居を潜り、境内へと足を踏み入れた瞬間、東雲の姿が視界に映った。


彼は普段とは違い拝殿へと続く階段に腰掛けているのではなく、邸へと続く扉の前に佇んでいた。



「お待たせしました、東雲」



声をかける前にすでにこちらへと視線を向けていた東雲は、笑みを浮かべて流れるような所作で会釈を返した。



「私も参道を通る翡翠さんの気配を感じてから出てきましたので、待っていませんよ。お気遣いいただきありがとうございます。それでは、本日も美味しい甘味を食べに参りましょう」

「はい!」



東雲の言葉に元気よく返事をして、挨拶も早々に歩き出した。


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