第二章二節 月冴ゆる冬の安らぎ その7
「香りが高く上品で、スッと鼻腔を抜けるような感覚を抱きました。ちょこれいと大福と一緒にいただくと、苦味と甘味が調和して丁度良く感じそうです。
……ただ、単体では少し苦すぎるように感じました。私には、カフェオレが丁度良いようです」
ありがとうございました、とカップを翡翠の手元まで返却してくれた東雲がどこか申し訳なさそうな表情をしているのを見て、翡翠は慌てて言葉を紡いだ。
「あまりに気にしないでくださいね。私たち人間も、コーヒーは苦手で飲めないと言う人は多くいるので、東雲が好きだと思ったものを選んでください」
翡翠の言葉を受け取った東雲は、ふっと笑みを溢した。
それから、翡翠は東雲が喜ぶであろう他の西洋のお菓子について話題にあげ、しばらく会話に花を咲かせた。
あまりにも会話に集中しすぎて、気がつけば夕方の閉店間際の時間になっていた。
定員さんに声をかけられた時、東雲と翡翠はキョトンとして顔を見合わせてから、どちらともつかずに笑顔になった。
また来ましょう、と約束をしてから、一人と一柱はお店を後にした。
*
「ありがとうございました、東雲。私の好きなお店に付き合ってくださって」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。とても素敵なお店でゆっくり甘味をいただくことができて、良い大晦日になりました」
もう夜闇が迫った、砂浜のような空を見上げながら一人と一柱は歩いていた。
すでに道端の街灯がつき始めている。
街灯の青白い灯りの下を通ると長い影ができたが、それ以外の明かりが乏しい場所では、もう翡翠の影も見えないほど陽が沈んでいた。
師走にふさわしい寒さの中、翡翠は寒さに身を震わせた。
「だいぶ冷えてきましたが、大丈夫ですか?」
翡翠の様子を見た東雲が、翡翠を心配そうな眼差しで見つめた。
「ありがとうございます。少し寒いですが、あともう少しでお家に着くので大丈夫ですよ」
「そうですか。確かに、あの岐路を曲がればすぐですね。この辺りは先ほどまで滞在していた場所よりも山に近いので冷えるでしょう。
早く家に帰って、暖をとってくださいね」
「はい。帰ったら炬燵に潜ってぬくぬくしながら年越しの瞬間を待ちたいと思います」
翡翠が言葉を返したところで、丁度家の近くの岐路に差し掛かった。
翡翠も東雲も歩みを止め、暗がりの中で立ち止まった。
「改めまして、今日は本当にありがとうございました。年の瀬まで翡翠さんと共に在ることができて嬉しかったです。
それと着物姿、とても似合っていますよ。
ぜひ、また着て見せてくださると嬉しいです」
暗がりの中でも、東雲がふっと柔らかく微笑んだのがわかった。
何だか気はづかしくなった翡翠は、照れ隠しのために少し俯き加減にお礼を口にする。
「こちらこそ、一日付き合っていただいた上に着物までお褒めいただいて……。とても嬉しいです。ありがとうございます」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、湿気を孕んだ風がビュウウウと音を立てながら二人の間を流れた。
それを合図に、どちらからともなく礼を交わす。
「それでは、失礼します。良いお年を」
「お気をつけてお帰りくださいね。良いお年を」
互いに手を振りながら、一人と一柱はそれぞれの帰路を歩み始めた。
翡翠が空を見上げると、砂浜はすでに侵食され、紫が残る黒い闇が広がっている。
今日は幸い快晴で雲がなく、星も月も綺麗に見ることができる。
その冴え冴えとした輝きを心穏やかに眺めながら、翡翠は家へと帰り着いた。




