第二章二節 月冴ゆる冬の安らぎ その6
「とても美味しいです。今までに口にしたものとはまた違った甘さがあるような気がしました。この大福の中に入っている菓子は、なんという名称なのですか?」
「チョコレイト、と言います。」
「ちょこれいと……。そういえば、以前来訪者が置いて行った雑誌で読んだことあるかもしれません。確か、その時はちょこれいとぱふぇなるものだったと記憶しています。」
翡翠は思いもよらなかった東雲の情報源に驚きを禁じ得なかった。
「東雲の現代のお菓子に関する知識はそんなところから来ていたんですね……。
チョコレートパフェは、今回いただいたチョコレート大福と似たような、液体に近い状態のチョコを使用したものが多いですが、中には固形のものもあるんです。」
「固形ですか……?今いただいたものよりも固いということですよね。」
「そうです。それも美味しいんですよ。固形といえど同じチョコレートです。
溶けやすいので造形がしやすい性質を利用して、色んな形のものが作られています。
猫やお花を象ったものもあるんですよ」
「そんなにもたくさんの形があるのですね。とても興味が湧いてきました。次にちょこれいとを食べる時は、固形の状態のものにしてみたいと思います。」
「良いことを知りました、ありがとうございます」
そう言って微笑んだ東雲を見て、やはり目の前にいるのは人ではなく神様なんだなと翡翠は思った。
人の世では常識として広く知られていることを、知らないと口にすることがあまりにも多いのだ。
それに付随して、東雲は人と近い役割を大神から与えられたと以前言っていたが、それにしては現代のことについて知らないことが多いと感じる。
これは、前々から翡翠の中で疑問に思っていることの一つだった。
それはそれとして、東雲が口にする『チョコレート』が明らかにカタコトなのが少し可愛いとも思ってしまい、その感情に引っ張られるうちに、翡翠が抱いた疑問は意識の端に追いやられていった。
「そういえば、翡翠さんが頼んだ飲み物の味はいかがでしたか?」
「とっても美味しかったです!あ、もし良ければ東雲も飲んでみませんか?」
「よろしいのですか?先ほどとても幸せそうに顔を綻ばせていらっしゃったので、余程気に入ったのかと思ったのですが」
「だからこそですよ。せっかくなら、自分が美味しいと思ったものを東雲にも飲んでいただきたいです。
もちろん、コーヒーの苦味を苦手と感じる人もいるので、東雲の口に合うかは分かりませんが」
「そういうものなのですね……。翡翠さんが良いとおっしゃってくださるなら、ぜひいただきましょう。
私が注文したカフェオレは美味しくいただくことができたので、こーひーにも挑戦してみたいと思っていたところでした」
「それなら、丁度良かったみたいですね。どうぞ!」
そう言って、翡翠は東雲の前に置かれたトレーに自身が手にしていたマグカップを載せた。
「ありがとうございます。では、いただきます」
微笑んだ東雲は、優雅にカップを手にすると、スッと差し出した左手をカップの下に左手を添え、そのまま口元に寄せた。
伏し目がちになった東雲の表情と所作があまりにも美しく、翡翠は知らず知らずのうちにその姿に釘付けになっていた。
そのうち東雲の喉仏が上下に動き、次いでカップを優しくトレーに下ろしたところで、翡翠は我に返り、慌てて東雲に語りかけた。
「いかがですか?」
翡翠の問いに、東雲は柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。




