第二章二節 月冴ゆる冬の安らぎ その5
「お待たせいたしました。ブルーマウンテンとカフェオレ、チョコレート大福二皿でございます」
「ありがとうございます」
店員さんがトレーをテーブルに置き終わったところでお礼を言うと、店員さんはにこりと微笑んで番号札を回収し、「それでは、ごゆっくりどうぞ」と言って去っていった。
テキパキとした手際だったので、きっと仕事ができる人なんだろうなと、翡翠はその後ろ姿を眺めつつ思った。
「それでは、いただきましょうか」
東雲の声で店員さんが去った方に捻っていた上半身を前へ戻すと、すでに東雲が甘味を食べようと竹製の黒文字を手にしている姿が目に入った。
東雲はいつも食事をする際には礼を欠かさないため、翡翠が目を逸らしているうちに済ませてしまったのだろう。
内心、本当に楽しみなんだなと思いながら「はい」と応え、東雲と同様に目の前の甘味と向き合う。
「それでは改めまして、いただきます」
「いただきます」
東雲の言葉を復唱したあと、翡翠が手にしたのはマグカップだった。
コーヒーが注がれたカップは、乳白色の陶器製で手にすんなりと馴染む。温かみのある陶器の器が大好きな翡翠は、この温もりに触れるためにお店に通っている側面もある。
手にとって形を楽しんだあと、カップを口に近づける。
と、口に含む前からその豊かな香りが鼻腔に広がった。
『何これ、香りからして違う』
鼻腔に満ちる上品な香りに驚きながら、翡翠はコーヒーを一口含んだ。
淹れたてで湯気が上がっている状態なので、ほんの少ししか口に含むことができなかったが、それでも美味しいと感じられるくらいにブルーマウンテンは翡翠を魅了した。
頼んで良かったと思いながら翡翠は続け様にカップに口をつけた。
今回翡翠はブルーマウンテンを頼んだが、それ以外にもこの『笹鳴』には様々な種類のコーヒーがメニューにあるので、自分好みの味を追求することができるのは魅力的だ。
そして豊富な種類のコーヒーたちのお供にぴったりなのは、弾力のある餅皮でチョコレートを包み込んだチョコレート大福。
白い餅皮はもちもちで柔らかく、ほっぺたが落ちそうなくらい美味しい。
一口サイズのものが五つほどお皿に盛られており、他の和菓子と同じように竹製の黒文字でいただく。
白く柔らかな外側の皮に黒文字を沈み込ませ、あらわになった艶のあるとろりとしたチョコレートに至福を感じながら、先に刺して口元へと持っていく。
舌に触れた瞬間、皮の柔らかさとチョコレートの濃厚な甘さが広がる。
そしてそこに先ほど感動したコーヒーを追加すると、コーヒーの苦味と大福の甘味が調和し、さらに美味しさが増す。
翡翠はこの瞬間が堪らなく好きで、こうして何度も通ってしまうのだ。
すっかり自分の世界に浸っていた翡翠は、ハッとして東雲の様子を伺う。
と、そこには幸せオーラが溢れでている神様の姿があった。微笑ましく思うと同時に、自身が選んだお店の味を喜んでくれたことに安堵した。
「お味はどうですか?」
東雲が大福を咀嚼し終わったところで、翡翠が話しかける。
東雲は口元に弧を描いて大きく頷いたあと、口を開いた。




