第二章二節 月冴ゆる冬の安らぎ その1
冬の寒さが日を追って強くなっていく師走の晦日____所謂大晦日と言われる一年の終わりの日、翡翠の姿は賑わう街の中にあった。
その服装に、街ゆく人が翡翠をチラリと盗み見るようにして過ぎていく。
『まあ、物珍しいもんね』
心の中で独り言ちて、好奇の視線を向けられることには極力考えないようにしようと決めた。
今日の翡翠は、普段着慣れている洋服ではなく、和服を身に纏っていた。
乳白色の地に唐紅に彩られた椿の花が散りばめられている着物と、紅梅色の帯を締め、鮮やかな緑の袴を履いている。ちなみに袴はグラデーションで、下に行くほど濃い緑色になっているもので、翡翠のお気に入りだ。
これらの和服一式は祖母が生前翡翠に買ってくれたものだが、慣れていないため着付けに時間がかかり、さらに普段纏っているような洋服とは違って締め付け感が強いので、着物自体を好きな翡翠でもそう頻繁に着ることはなかった。
しかし、今日は普段から着物を纏っている東雲とお出掛けする約束をしていたため、せっかくだからと着ることにしたのだ。
東雲の反応を楽しみに思いながら、翡翠は東雲の待つ神社へと足を踏み入れた。
相変わらず、境内はひっそりと静まりかえっていた。
今日は師走の大晦日であるため、家を出る前に見ていたテレビの中継に、神社や寺院の様子が映ることが多かった。画面の向こうの神社や寺院は年末詣などに訪れた人々で賑わっているが、東雲の住う社からは人々の賑わう声は響いていない。それどころか、人っ子ひとり見当たらなかった。
『いつ来ても、誰もいないんだよね』
そう思いながら境内をキョロキョロと見回していると、これまたいつもと同様、拝殿に続く階段に腰を下ろしている東雲の姿が目に入った。
早く自分の装いを見て欲しいと思った翡翠は、砂利を踏みしめる軽快な音を足元で奏でながら、早歩きで東雲の元へと歩みを進めた。
流石にその足音で気がついたようで、東雲は瑞々しい長髪を揺らしながら、くるりとこちらを振り返った。
「おはようございます東雲。どうですか?今日は大晦日ですし、せっかくの機会なので東雲と同じく和服を着てみたんですよ!!」
翡翠は袴の裾を少し持ち上げ、東雲の前でゆっくりとターンして見せた。普段とは違う装いをしているからか、自分でも驚くくらいにテンションが高い。
「おはようございます、翡翠さん。これは…………少々驚きました。とても良くお似合いですよ。」
返事に間があったことは少し気になったが、褒めてもらうことができたので翡翠はあまり深く考えないようにした。
「ありがとうございます!東雲のお着物も相変わらず素敵ですね。今日は晴天ですし、銀鼠色が良く映えて眩しいくらいです。もう、お出かけの準備はできていますか?」
「もちろんですよ。今日のお出掛けを楽しみにしていたのですから、準備は早々に済ませて暇を持て余していたところです」
東雲の言葉に、翡翠は自分の鼓動が早まっていくのを感じた。
『そっか、東雲も楽しみにしてくれていたんだ』
温かいものが胸に広がっていくような感じを抱きながら、翡翠は緩んだ頬を手で押さえた。
「そ、そうですか、それは嬉しいです!」
ここに来るまでで冷たくなった自身の手のひらで、熱くなった頬を冷やしながらも、翡翠は素直に自分の気持ちを伝えた。
そんな翡翠の姿を見て、東雲は優しく微笑んだ。
「はい、それはもう。……それでは、早速参りましょうか。確か今日は、いつもとは違った趣のお店に連れていってくださるんでしたよね?」
東雲の手招きに促され、翡翠はゆっくりと歩き始めた東雲の横に並ぶ。
「はい!最近は和菓子のお店に行くことが続いていたので、今回は外国のお菓子も取り入れているお店を選んでみました」
「お気遣いいただきありがとうございます。どんな甘味が食べられるのか、今からとても楽しみです」
言葉を交わしながら、一人と一柱は顔を見合わせ微笑んだ。
長い参道を抜け、鳥居を潜って道路へ出た。
人の姿はちらほら見かけるものの、やはり大晦日にしては少ないように感じる。
神社がある山際から中心街へ行けば、人も増えるのだろうか、と翡翠は頭の中で想像しながら東雲と共に歩みを進めた。




