第二章一節 師走の雪 その13
「現代の甘味は本当にいろんな種類のものがありますね。翡翠さんに誘われなければ口にすることは無かったと思います。ありがとうございました」
『狐火』からの帰り道、神社までの道のりを歩きながら東雲が翡翠に語りかける。
「こちらこそ!!一緒に来てくださってありがとうございます。私、このお店には1人で来ることが多かったので、東雲が行きたいって言ってくれたときは本当に嬉しかったんです。」
「そう言っていただけると私も嬉しいです…………おや?」
東雲が足元に視線を向けたので、翡翠は何事かと思って同じように視線を足元に向けると、そこには一匹の白い猫がいた。
東雲の足に頭を擦り付けている。どうやら甘えているようだ。
東雲はなるべく猫と目線が近くなるように足を折り、白猫と目を合わせた。
と思うと、みるみるうちに東雲は驚いたような表情になり、凄い勢いで立ち上がった。
「申し訳ありません翡翠さん。私は急用ができてしまったのでここで失礼します。
翡翠さんも早くお家に帰ってくださいね。今は雪ですが、夕方から雨に変わるようですので。
通常この季節であれば、雨から雪へと変化することの方が多いのですが……。
まあ、それは置いておくとして、雨になる前に帰ってしまったほうがいいですよ。
この季節に雨で濡れると風邪をひいてしまうかもしれないですし、それに……嫌なものと会うことになるかもしれないですから」
「嫌なもの?」
それは、誰のことを言っているのだろうか。いくら考えても、翡翠は東雲の言うような存在が思い浮かばず問い返したが、東雲はかぶりを振った。
「いいえ、なんでもありません。
それでは、何かあったらいつでもお知らせください。もちろん、特に用事が無くてもぜひ遊びに来てくださいね」
「はい!じゃあ、また!」
「はい。お気をつけて」
翡翠が曲がり角を曲がるのを見届けてすぐ、東雲は自分の社へと入った。
東雲に報せを伝えに来てくれた白猫も鳥居をくぐり抜けたことを横目で確認してから、ある者以外の出入りを禁ずるよう、術をかける。
これで、たとえ翡翠がこの社の方へ戻ってきてしまったとしても、境内には一歩も足を踏み入れることができなくない。あれと出会う危険はないだろう。
腕を組みながら、これからここに来るであろう者へと思いを馳せていると、ポツポツと頬に何かが当たる感覚があった。
空を見上げてみると、どんよりとした黒い空から雨粒が降っているのが見えた。
雨に濡れた土や草木の匂いがあたりに充満していく。
その匂いに乗ってきた別の匂いを、東雲の嗅覚が捉えた。
「やっと帰ってきたんだね。」
何者かの声が、東雲の耳に入った。その声はもう聞き飽きたと言えるほどに、何度も耳にした声だった。




