第二章一節 師走の雪 その12
「少し話を戻しますが、『人の子を導く』って具体的には何をするんですか?」
「自分から口にしておいてなんですが、これ以上のことは話せないのです。以前にも申し上げたと思いますが、私の役割は人の子に話してはならない、という制約があります。もし、私がこれを破ってしまったら________」
勿体ぶるように、東雲はそこで言葉を切った。
その表情が、先ほどまでとは打って変わって深刻なものへと変わっているのを見て、翡翠はゴクリと生唾を飲み込んだ。
一体どんな罰があるのだろうか。
「や、破ってしまったら……?」
翡翠は我慢できず、聞き返した。
東雲は一瞬こちらに視線を向けてから、その答えを口にした。
「まず、私の今までの記憶の一切が消されます。次にそれを聞いた人の子、今回であれば翡翠さんですね、が内容を聞いた瞬間に魂ごとその存在を消されます。」
「魂ごと存在を消されるって……」
あまりにも非現実的な内容に、翡翠の頭は理解が追いつかなかった。
東雲もそれがわかっているので、説明を加える。
「通常、人の子はその死後適切な段階を踏んで、生まれ変わります。ですが、そもそもその寿命を全うすることすらできません。真実を知っている人の子が存在すると、役目を果たすことに支障が生じてしまう可能性があるからです。
また魂を消されてしまうと、生まれ変わることはできません。永遠に消滅してしまうのです。
……そしてこれは余談ですが、冥界では生前親しかった者、例えばあなたの祖母、桜に再び見える可能性もあります。しかし、魂を消されて仕舞えば冥界に行くことも叶わないので、その可能性も完全に潰えてしまいます」
「そんな……」
東雲の説明を聞いて、翡翠は初めて事の大きさがわかった。
正直、自分が生まれ変わるどうこうに興味はないが、祖母と会える可能性がなくなる、というのであれば話は別だ。もし会えるのであれば、もう一度会いたい。会って、東雲の話や今までの出来事を報告したい。
それに、まだやりたいと思って、実行できていないことはたくさんある。それらをできないまま死ぬのも嫌だ。
俯いている翡翠を心配そうに見ながら、東雲が再び口を開いた。
「全ての人の子に平等な存在である神としては少し問題があるかもしれませんが……私としては、翡翠さんにはどんな形であれこの世のどこかに存在していただきたいと思っています。できれば、幸せに過ごしてほしいとも。
ですので、これ以上のことを話すことはできません。わかっていただけましたか?」
翡翠は、ただ頷いた。翡翠の反応を見た東雲は、柔らかく微笑んで頷いた。
「それともう一つ。実は、内容がわかってしまうような発言も極力避けるように言われてまして、先ほどお伝えした内容は違反ではないが違反に近いものなのです。全てをお話しすることができず心苦しいですが、今はこれで我慢をお願いします。
その代わり、全て終わった後には包み隠さずお話しすることを約束します。」
翡翠は東雲の気遣いに感謝し、もう一度頭を下げながら「ありがとうございます」と口にした。
「さて、これでこの話は終わりにして甘味を食べ進めましょう。…………結構溶けてしまいましたね。」
東雲が指を刺したのは、翡翠の前に置かれた器。
その中に少しだけ残っていたバニラアイスは、ほんの少しの塊を残し、それ以外は滑らかになってしまっていた。
「あー……。まあでも、どんな状態になってもアイスは美味しいので大丈夫です!東雲のも大分冷めてしまっていますよね。私が話しかけたばかりに……申し訳ないです……」
「いえいえ、お気になさらず。私はどんな状態でも甘味を美味しく食べられますので」
そう言って微笑を浮かべた東雲は、すぐに匙を手にしてお汁粉を一口食べてみせた。
「うん、美味しいです」
東雲の気遣いに心が温かくなるのを感じながら、翡翠はふっと微笑んだ。
「そうみたいですね。それでは、私も食べ終わるまでのあと少し、大好きなこの味を楽しみたいと思います」
そうして一人と一柱は甘味を食べ終わり、心と身体が満たされた状態でお店を後にした。




