第二章一節 師走の雪 その7
「_____あなたは本当に聡い子ですね。そしてとても勘がいい。
一応説明しておきますと、いつ人の子の心を聞くかという選択は基本的にどの神にも可能です。ただし、神格が低い、つまりはあまり力の強くない神がそれを行なった場合、確実に力が弱まっていくので、あまり取捨選択をするものは居ません」
「力が弱まってしまう……私は以前、人の想いが神様の力となっていると耳にしたことがありますが、それと何か関係があるのでしょうか。」
翡翠がそう尋ねると、東雲は首肯した。
「基本的に、神が人の子と接するのは自己の領域である神社の中です。自分の支配する空間にいる時は、神の力は比較的安定状態にあり、力の使用に際してあまり消耗はしません。
それは、その神に対する人の子の想いが空間に満ちているためです。」
東雲は一旦言葉を区切り、少しの間地面に視線を注いだ。翡翠は何も言わず、ただ東雲が次の言葉を発するのを待った。
「しかし、自身の治める領域の外、すなわち社の境内の外に出てしまうと、その状態は崩れ、力の行使には多大な労力が必要となってしまいます。
そうでなくても、現代において人の子が神に祈りを捧げる場面が少なくなり、それゆえに力が弱まってしまった神が大勢います。そんな神々が力を行使すれば、ただただ衰弱していくばかりです」
悲しそうに話す東雲から、痛いほど伝わってくる悲哀の感情。
きっと数え切れないほどに、力の弱まっていく神々の姿を見てきたのだろう。中には消えてしまった神もいるかもしれない。
あるいは、東雲自身も____
そう考えて、翡翠は頭に浮かんだ考えを否定した。
彼が高位の神であり、かつ私は東雲が人の動きを止めたり、思考を読んだりする力を自在に操る様子を、身をもって体験している。
そんな力の強い神様が、衰え行く運命の途上にあるとは決して思えなかった。
そこまで考えて、とある疑問が翡翠の中で芽生えた。
『東雲の力の源は、一体何だろう』
その疑問を自覚した時、翡翠の中で何か引っ掛かりを覚えた。
「翡翠さん、また難しいお顔をしていらっしゃいますが何か気になることでも?」
東雲が微笑を浮かべながら翡翠の顔を覗き込む。
翡翠は慌てて首をふり、「何でもありません!」と答えた。
「そうですか。……どうやらお店に到着したようですよ。ひとまずお店に入りましょう」
気がつけば、翡翠たちの横には『狐火』と書かれた暖簾が垂れ下がるお店があった。
「そうですね」
翡翠の返事を合図に、一人と一柱はどちらからともなく暖簾をかき分けてお店へと足を踏み入れた。




