第二章一節 師走の雪 その3
それから暫くは他愛もない会話をしながら、お店に行くまでの少し大きな道路を歩いていると、翡翠は道行く人、そのなかでも特に女性からの視線が集まっていることに気がついた。その視線の先にいるのは、もちろん東雲だ。
端正な顔立ちをしていることに加え、百八十センチ以上は間違いなくあるであろう高身長な東雲を、世の女性たちが放っておくはずはない。
翡翠に向けられる視線もあるが、それは十中八九東雲の横を歩いていることに対する嫉妬だろう。
『そんなに気になるなら声をかければ良いのに』
心の中でそう独言た。
『そういえば、前回一緒に街を歩いた時も人の視線を集めてたな……』
ちょうど東雲と出会ってからまだ間もない頃に出かけた際も、女性からの視線を独り占めしていたことを思い出し、思わず苦笑いを浮かべた。
「何か気になることでもありましたか?」
翡翠の表情の変化に気がついた東雲が、声をかける。
ただ、彼が気がついたのは翡翠の表情だけで、その胸の内には全く気がついていない。
「いえ、なんでもありません。東雲は女性に人気だなって思っていただけで。」
「ああ、そう言うことでしたか。
普段は人の子の視線を集めてしまうという事情もあり、姿を見えないようにしているのですが、お店に入って甘味を食べるとなるとそう言うわけにはいかないので……」
東雲は眉を曇らせながらそう告げた。
その言葉を聞いて、翡翠は得心がいった。
確かに、一人でお店に入った人間が二人分の食べ物注文して、さらにスプーンやらフォークやらが一人でに宙に浮かんでいる場面を目撃される方が、大騒ぎになりかねない。
頭の中で一人想像を掻き立てていた翡翠は、心なしか暗い表情をしている東雲に気が付き、慌てて口を開いた。
「すみません、東雲を責めてるとかそう言うことではなくて、東雲は良くも悪くもたくさんの人の目にさらされて大変だなって思いまして。私は人の視線に晒されるのは、得意じゃないので」
翡翠の言葉を聞いて、東雲はああ……と納得したような表情を浮かべた。
「他者から向けられる視線が苦手な方であれば、この状況はあまり居心地が良くないでしょう。神の中に紛れてしまえば私は普通の顔立ちになりますが、人の世では違うようで……。
所用があって磁気を霊力の持たない人の子に合わせたときは、いつもこうなってしまうのです。私はこの状態が何千年も続いておりますので、さすがに慣れてしまいましたが。」
そう言って苦笑する東雲だったが、翡翠の関心は彼の放ったとある言葉に向いていた。
「毎回驚きますけど、積み重ねた時間の桁が違いすぎて笑ってしまいます」
「数千年など、長いようであっという間に過ぎてしまいます。人の子が思うほど、長い時間ではありませんよ」
あっけらかんと告げた東雲だったが、その横顔には少しの悲哀が見てとれた。
きっと、東雲にもいろいろなことがあったのだろう。
そう思うと翡翠は何も言えなくなり、口を閉ざしたまま俯いた。




