第一章二節 高秋の訪問 その11
帰り際に東雲と参道を歩きながら、翡翠はふと視線を空に近い木々の枝へと向けた。今にも沈みそうな太陽の光を反射し、キラキラと輝いている。
この場所に生息している植物は、普通の場所に生息している植物よりも生き生きとしているように見えた。
植物の輝きを楽しんでいる間にも、陽はどんどん傾いていく。もう辺りもだいぶ暗くなってしまっていた。
樹々が密生していることも手伝って、辺りを黒く染め上げていく。
まだ暖かいとはいえ、両脇を小川が流れる参道では、ひんやりとした冷気が翡翠の体に纏わりついてくるように感じた。
『少し、怖いかもしれない。』
周囲の暗さと冷気とが合間って込み上げてくる不安に表情が強張っていた時、ふいに翡翠の顔を何かが照らした。
顔をあげてみると、東雲の掌で拳大ほどの炎が揺らめいていた。
「ありがとうございま……す……?」
とっさにお礼を口にしたが、今見ている光景が普通で無いことに気がついた。
『普通なら、掌の上で炎が揺らめくことなんてないよね……?というか、あの炎どこから出てきたの……?』
翡翠が困惑していることに気がついたのか、東雲が楽しそうに笑いながら口を開いた。
「予想どおりの反応を返してくださってありがとうございます。
これは私の術で生み出した炎です。先ほど、私は術を七つ使うことができるとお伝えしましたが、そのうちの一つです。何もないところから火を生み出したり、火の強さを調整できたりするという特徴を持ちます。ちなみに、この炎はこの世のものでない存在も燃やすことができるのですよ。」
東雲の説明に、翡翠は思わず感嘆の声を漏らした。
「へえー!!本当に色んな術があるんですね……!!!」
「翡翠さんなら、いつかこちら側の世界にきた際に練習すればできるようになるかもしれませんよ」
「今まで死後の世界にあまり良いイメージを持っていなかったのですが、そんな魔法みたいなことができるようになるなら、悪くはないかもしれませんね。」
翡翠の言葉に対して、東雲はふふっと小さく笑っただけで何も返すことはなかった。
その微笑みの中にほんの一瞬だけ、陰りがさしたように見えたが、翡翠は炎の揺らめきのせいだと思うことにして前を向いた。
東雲の手のひらの上で揺れる炎のおかげで、先ほどよりは明るくなったがそれでもまだ恐怖心は拭えなかった。そんな翡翠の心境を知ってか知らずか、彼は少しだけ翡翠との距離を詰めてから口を開いた。
「これだけでは心許ないでしょう。」
東雲がそういうや否や急に、あたりが明るくなった。気がつけば、参道の両側にはズラリと提灯が並んでいた。いつの間に、と翡翠が零すと東雲はさも当然のように話し始めた。
「これも私の術ですよ。普段は時刻を指定して、勝手に明かりが灯るように設定しているのですが、今日はその設定を変更して、すぐ点火するようにしました。」
東雲の説明を受けて翡翠は一人納得した。なるほど、それなら提灯がいきなり現れたことにも説明がつく。
『__それにしても、素敵な提灯だな』
翡翠の視線の先には、模様が描かれた提灯があった。草花が描かれているものもあれば、着物や鞠、扇子等が描かれているものもある。多彩な色に彩られたそれらが焔に照らし出された光景は、何とも幻想的だ。
「提灯は、人の時代区分で言う室町時代頃に中国大陸から伝わりました。その後、安土桃山時代から江戸時代にかけて日本独自の進化を遂げ、急速に普及していったのです。暗きを明るく照らすことから、魔を弾くものとされています。」
「魔を弾く……」
今まで、翡翠は提灯が持つ意味合いを知らなかったが、それを知った上で改めて見てみると、提灯の淡い光がとても心強く、頼もしいものに見えるのだから不思議だ。
提灯に照らし出されながら、翡翠と東雲は参道の入り口を目指して歩く。
会話をしているとはいえ、一人と一柱だけの空間には、砂利を踏み締める音、木々の葉が擦れ合う音、木葉が落ちる音、水の流れる音等、いろんな音がこだましている。
その音はどれもが優しく、心地よく感じられるものであった。
段々と一ノ鳥居が大きくなり、明かりを灯した家々が鳥居の向こうに広がっている風景が見える。
『もう、出口だ』
そう思うと同時に、一抹の寂しさを感じた。
が、その気持ちは一瞬で消え去り、翡翠は目の前の光景に釘付けになった。
「綺麗」
参道を抜けたところで、翡翠は感嘆の声をあげた。
空が薄い青から濃い青へと綺麗なグラデーションを作り出している。夕方と夜の境界を表したような空の色が、翡翠は大好きだった。
空を見上げて見入っている翡翠の横顔を、東雲はただ優しく見守っていた。
しばらく見入ってしまった翡翠だったが、いつまでも東雲を待たせるわけにはいかないと、慌てて別れの挨拶を口にした。
「それでは、これで失礼します。また近いうちに寄らせていただきますね。」
「いつでも大歓迎ですよ。それでは、また。」
東雲の言葉を合図に、二つの影の距離が次第に開いていく。その影も、もうほとんど見えなくなって、後もう少しすれば完全による闇に呑まれて見えなくなってしまうだろう。
『また、神社に足を運ぼう。東雲の好きな甘味を持って』
一歩二歩と歩みを進めながら、翡翠は心の中で呟いた。
[第一幕 完]
皆様こんにちは、夕月夜です!
ここまでご覧いただきありがとうございます。これにて『導きの神様』第一幕が完結いたしました。
ここに訪問してくださる全ての方に感謝申し上げます!
まだまだ続きますので、これからもどうぞ見守ってください。よろしくお願いいたします!!




