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導きの神様  作者: 夕月夜
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第一章一節 長月の出会い その1


「それでは、今日はこの辺で終わりにします。今から出席カードを配布するので、いつもの通り名前、学籍番号、今日の授業の感想や疑問を書いて、提出してからお帰りください。お疲れ様でした。」



先生がマイクを切り、ゴトリと机に置く音が聞こえると、一気に教室内に喧騒が戻ってきた。


城咲翡翠(しろさきひすい)は、先生に言われた通り、配られた出席カードに必要事項を記入し、立ち上がった。


前の方に座っていた友達に声をかけてから出席カードを提出し、教室を出る。



大学の構内に植えられている木々は、少しずつその色を変え始めているが、一番綺麗に見れるのはまだまだ先だ。


翡翠がこの大学に入学してから初めての季節であるため、木々が全て色づいたらどんな風になるのだろうと思いながら、その光景を眺めていた。


一陣の風が通りぬけ、肩で切りそろえられた翡翠の黒髪を揺らす。


少しだけ乱れた髪を手で撫でてから、翡翠は家路を歩み始めた。

履いている薄茶色のヒールと地面がぶつかり、コツコツという音が響く。



いつもと変わらない道を歩いて、いつもと同じ光景を見る。

ああ、つまらないな。

ふとそんな気持ちが翡翠の中に芽生える。

脳裏に浮かぶのは、大切な人と過ごした大切な時間の数々。


人が一人いなくなってしまうだけで、こんなに世界が色褪せて見えるとは思いもよらなかった。


前はこんなこと思わなかったのに、なんて考えると、嘲るような笑みがこぼれた。



1ヶ月前に祖母の城咲桜(しろさきさくら)がこの世を去った。

死の間際まで元気だったのに、いきなり胸のあたりを抑えて倒れてしまったのだ。

すぐに救急車を呼んだが、結局帰らぬ人となってしまった。

その時の衝撃は、翡翠の心に刻み込まれ、今でも鮮明に思い出すことができる。


翡翠と父方の祖母である桜とは周囲も認めるほど仲が良く、一緒に過ごすことが多かった。


そして、色んなことを彼女から教わった。


生きていくために大切なこと、人として蔑ろにしてはならないこと、そして普通の人の目には捉えることができない存在のことも。



信じられないかもしれないが、祖母は生まれつき霊力が高く、この世ならざるものを目にすることができた。


翡翠は、そんな祖母から色々な話を聞かせてもらった。


昔は神様の使いの童児たちが近所の神社の境内で遊んでいたとか、とても綺麗な神様が桜の季節になると舞を舞って見せてくれたとか、花の精が種々の花々について説明してくれたといったようなものだ。


神様や妖と呼ばれるものの類の話をしてくれている時の祖母は、普段より目に光が灯っており、とても楽しそうだった。


そんな祖母の様子を見ていると、自然とこの世ならざるものを見てみたいという感情が育っていった。

祖母の御伽噺のような話を、純粋に受け止めていたから。


ただ、私以外の家族の意見は違った。

自分たちには見ることができない存在の話をする祖母のことを不気味に思い、ぞんざいに扱っていた。


そんな家族の中で、私だけは祖母の話を素敵だ、私もいつか見てみたいと言って譲らなかった。


しかし、その夢は未だ叶っていない。

もうこの世に生を受けてから18年も経つが、何かを視たりすることは愚か、少しの不思議な体験をしたことすらなかった。


子どもの頃に見えていた人でも、大人になるにつれて見えなくなってしまうと言うのは有名な話だが、小さかった時分に何も見ることができなかった私には、もう一生その機会がないのではないかと思えてくる。



『____どうして、私には何も見ることができないんだろう。もし見ることができたら、一緒におばあちゃんの話をできる存在を見つけられるかもしれないのに。』



心の中で独り言ちて、はーっと深いため息をつきながら歩いていると、ふと道の向こう側にある古びた神社の鳥居が目に入った。


あの神社、入っていく人をみたことがないのだが、一体どんな神社なのだろうか。


一瞬だけ、中に入って確かめてみたいという思いが翡翠の頭をよぎったが、それをかき消すようにブンブンと首を横に振った。



翡翠が大学で専攻しているのは歴史であり、地元の寺社を巡り、さらには遠方にある城郭や社寺を目的に旅行先を決定するほどには、神社という存在に興味を持っていた。


そんな翡翠だったが、この神社にだけは未だに足を踏み入れたことがない。


理由は至って簡単。祖母に止められていたからだ。

この世ならざるものが見える祖母は、見えているものが良いものなのか、悪いものなのかを見分けることができた。



その祖母に、


『あの神社の神様はとても力が強い。悪い神様ではないが、魅入られると大変だから絶対に近づくな』


と言われたら、その通りにするしかないだろう。


そして、この忠告を受けた時から、その神社に恐怖すら感じていたのだ。



ただ、この時は違った。抱いているはずの恐怖心がまったく以って感じられない。どころか、惹きつけられるようにさえ感じる。


赤や黄色に彩られた葉を秋の夕陽が照らしている光景が、とても幻想的に見えて____



翡翠は自分でも無意識のうちに、鳥居の前へと歩を進めていた。



あとで本気で後悔することになるが、今の翡翠には知る由もなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 祖母に忠告されていた物に惹き付けられてしまう、というシュチュエーションに親近感が湧きました。 丁寧で分かりやすく、情景が想像しやすい文章だと思いました。
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