第五章 長月の真実 その32
「せっかくですから、僕が写し出して差し上げましょう」
言い終わると同時に、碧泉が腕を自身の前方へと突き出し、呪文を唱え始めた。
耳慣れない言葉を発する碧泉の掌から、水がおこった。
最初はただ空に浮かんでいるだけだったその水は、しばらくすると翡翠の前で正方形の形を取り始める。
形が完成する頃には、鏡のように翡翠の全身の姿を映し出していた。
「どうですか?」
碧泉に声をかけられて、翡翠は慌てて写し出された着物へと視線を向けた。
それまでは碧泉の術が作り出す光景があまりにも幻想的で、そちらに目を奪われていたのだ。
「やっぱり自分の視界に映る姿と、鏡に写った全身を見るのとでは全然違いますね。思っていた以上に、着物と袴の色が調和していて、本当に綺麗です!!」
その言葉を肯定するように、碧泉は微笑んだ。
「よく似合っていますよ。翡翠さんの雰囲気にぴったりです。
『形のあるものにこそ、形のない心を託せる』とは、よく言ったものです。
…………ところで、東雲は一体いつからこの装束を用意していたんでしょうね。」
碧泉がボソッと呟いた言葉は、しっかりと東雲の耳にも届いていたようで、少し肩を揺らした。
ゴホンとわざとらしく咳払いをした東雲は、気持ちを切り替えるようにその表情を引き締めた。
「さて、これで全ての儀式が終了です。
翡翠さん、改めてこれからよろしくお願いしますね。」
東雲はそう言って、翡翠の方へと手を差し出した。
その手を両手でしっかりと握ってから、翡翠は東雲を真っ直ぐ見つめ、全身全霊を込めて叫んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします!!!!」




