第五章 長月の真実 その27
その様子を見た碧泉は、ため息をついて口を開いた。
「言いにくいなら僕が言おう。________他の神々は、翡翠さん、あなたの存在を消そうと言い出したんです。」
「私の存在を……?
で、でも、私はもう死んでるんですよ?ある意味、存在していないのと同じなのでは。」
翡翠の言葉を聞いた碧泉は、首を横に振った。
「ここで意図する『存在の抹消』とは、『魂の消滅』を意味します。
残念ながら人の子は死後も“魂“として彼岸の世界に存在し続けます。それが何を意味するか、翡翠さんならお分かりになるのでは?」
碧泉に問いを投げかけられ、翡翠は碧泉の言葉を頭の中で反芻した。
『魂の消滅……死後も彼岸の世界に存在…………』
そこで、自身の考えていた“存在すること“の定義が、異なっていることに気がついた。
「____私はてっきり、現世に__此岸の世界に存在しなければ良いと考えていましたが、神様方はそうではなかったみたいですね」
翡翠の答えは的を射ていたようで、満足そうに微笑んだ。
「おっしゃる通り。神々はあなたを、彼岸と此岸両方の世界から消し去ろうと考えたのです。人は死後、彼岸の世で転生の時を待ち、順番が来ると輪廻の輪に乗り、再び此岸の世界で人として生きるという循環があります。
神々は、その循環の輪からもあなたを外し、二度と生を受けられないようにするという結論を下し、実行しようとしました」
そんなことできるわけない。
翡翠はそう言おうとしたが、出来なかった。これを言い出したのが神様だったからだ。人の記憶の操作や人の命を奪うことができる神様がいることを考えれば、私一人の存在を抹消することなんて造作もないだろう。
「理不尽だと思いましたか?まあ僕も含め、人間にとって神とはそういう存在なんです。
ただこの話は、元々此岸を彷徨う人間の魂を彼岸へと導く役目を務めている彼にとっても、相当残酷な話でした。」
「あなたにお礼を言うのは癪ですが、一応お礼を言います。ありがとう、碧泉。
あとは自分で話せますよ。」
東雲にそう言われた碧泉は、東雲を一瞥してから口を閉じた。
「不甲斐ない話ですが、結局私は彼らを説得することができませんでした。その代わりと言ってはなんですが、猶予期間を設けてもらうことには成功したのです。
その猶予の期限は、ちょうど一週間後の今日です。」
「一週間……じゃあ、もし私がそのまま記憶を取り戻さないでいたら……」
「お話の通りです。あなたの存在は消されていました。」
突きつけられた事実の深刻さに、翡翠はふらつきそうになるのを必死に堪えた。
東雲は、心配そうにその様子を見つめながらも、言葉を続ける。
「____私があなたに加護を授け、植物の印が発現した時、私はこう言いました。あと一年の辛抱ですから、と。
私がその当時意図していたのは、それほどの期間であなたの記憶が戻り、碧泉に魂を喰われることもなくなる、と予測していたからだったのです。
しかし、他の神々からの横槍が入ることまでは予想していませんでした。まさか、ここまで大ごとになるとは……」
「完全に君の見通しが甘かった、ということだね」
碧泉が楽しそうに呟く。東雲は一瞬碧泉に視線を向けたが、構っていられないという風にまた視線を翡翠へと戻した。
「神々の話し合いの場を後にしてから、私は必死で頭を働かせました。散々思い悩んだ結果、『神の本当の名を知られてはならない』という規則には、穴があることに気がつきました」
東雲の言葉を聞いて、翡翠は思わず首を傾げた。




