第五章 長月の真実 その26
「私と出会った日に、翡翠さんは名前をつけてくださいましたよね。東雲というとても素敵な名を。それに対して、あのとき私が翡翠さんになんと言ったか覚えていますか?」
突然の質問にビクッとしながらも、翡翠は一生懸命記憶の糸を手繰り寄せた。
「確か、今東雲がおっしゃったように、素敵な名前だって。そういえば、驚いたともおっしゃっていましたたよね。その時は、特に気にも留めませんでしたが。」
「よく覚えていらっしゃいますね。正直忘れられているかと思いました。そうです、私はあの時、名前を褒めると同時に『驚いた』と発言しました。その理由は、私の本当の名が関係してきます。」
「本当の名前……」
言われるまで考えてもみなかった。てっきり、東雲には名前がないから、関わることになった人間に名前をつけてもらっているとばかり思っていた。
「今まで黙ってきましたが、私には本当の名があるんですよ。
________『東雲』という名が。」
翡翠は東雲の言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。
「えっ、それって……」
驚きを含んだ翡翠の声色を聞いた東雲は、翡翠の瞳を見つめて微笑んだ。
「すごい偶然ですよね。いや、ここまでくると必然と言うべきなのかもしれません。私の本当の名は、翡翠さんが考えてくれたものと全く同じなんですよ。」
翡翠が驚きすぎて反応出来ないでいると、碧泉が口を開いた。
「よく言うよ。君、人の子が真名と同じ名前をつけないように、操作することも可能なくせに」
「碧泉、余計なことは言わなくてもいいんですよ。」
碧泉の言葉に、間髪入れず東雲が反応した。
どうやら東雲としては、そのことを翡翠に告げるつもりはなかったらしい。
碧泉はふん、と鼻を鳴らして腕組みをした。
「まあでも、僕も最初にその話を聞いた時は驚きました。まさか、本当の名と人の子が考えた名が全く同じであるという事態が起こるなんて。
しかもよく聞いてみると、それは自分が気に入った人の子だと言うので、二重で驚きましたよ。」
世の中って本当に不思議ですよね。
そう言って碧泉はクスクスと笑った。
それを一瞥した東雲が、お前は黙っていろ、とでもいうように一歩前に踏み出してから口を開いた。
「話を続けさせていただきます。そんなわけで、翡翠さんは私の真名と同じ名前をいただいたのですが、ここである重大な問題が生じてしまったのです。」
その一言と、今までの東雲の言葉で翡翠は全てがわかってしまった。
「東雲の眷属ではない、人間である私が、本当の名前を知ってしまったこと……ですね」
「その通りです。この件に関しては、私が浅はかでした。
私が人の子に名を考えてもらうのは、本当の名を知られないようにすると言う意図があります。その意味を、もっと深く考えるべきでした。
普通の神であれば、碧泉のように名を知られても大丈夫なのですが、私はより人の子に近い存在であるために、規則が厳しくされています。その規則の一つが、これです。
私の名を知っていいのは、産みの親である天照大神を始め、葦原中国に坐す神々、及び私の眷属のみと定められています。
ここで問題となってくるのは、翡翠さんの存在です。偶然とはいえ、人の子である翡翠さんが私の真名を知っている。これは、大神が定めた規則に反していることになります。
当然、これを知った他の神々は難色を示しました。そして、あることを言い出したのです。」
そこで、東雲は言葉に詰まってしまった。




