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導きの神様  作者: 夕月夜
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第五章 長月の真実 その24



「許可を得ることができたので、詳しい経緯は私からお話しすることにしましょう。

碧泉が翡翠さんの命を奪った後、すぐに喰べることはせずに、あなたの魂をしばらくおいておくことにしたのです。」


「それは……どうしてですか?」


「この件に関しては彼しか本当のことを知りませんが、多分愉悦に浸っていたのでしょう。なんせ、何年も何年も我慢してやっと手に入れられたわけですからね。」



東雲の言葉を聞いて、翡翠は『確かに、そうかもしれない。』と思った。


私が以前倒れた時に見た映像____今思えば、あれは私の記憶の片隅にあったものだった_____で、碧泉さんはこう言っていた。

『やっと、やっと手に入れた』と。とても嬉しそうな、純粋な笑みを浮かべながら。

でも……と、翡翠はさらに深い思考の海へと潜っていく。

だとすれば、可笑しな点がある。

どうして、碧泉さんはその時まで私の魂を取ろうとしなかったと言うことだ。

もし、碧泉さんが本気になれば、私のような無力な小娘の魂なんてすぐに奪えるのではないか。

それをしなかったと言うことは、何か障害になるものがあったと考えるのが妥当だけど……



「どうかしましたか?何か気になることでも?」

よほど眉間に皺が寄っていたのか、東雲が翡翠を心配そうに見つめる。



「あ、えっと……碧泉さんが、小さい頃の私を狙わなかった理由が気になってしまって。

あまり変わらないのかもしれませんが、大人に近い年齢になるのを待つよりも、知恵も力もない子供を襲ったほうが楽だったんじゃないかなって。」


「ああ、それは私が妨害していたからでしょう。」



東雲があまりにもあっけらかんと言い放ったので、翡翠は目を丸くした。しかし、その言葉で全てが腑に落ちた。


話を聞いている限りでは、碧泉に対抗できる神はそう多くはないだろう。

そんな中、碧泉と同等の力を持つ東雲であれば、彼を牽制することは可能だ。



「もちろん、桜の力もあります。彼女は、彼岸のものから身を守る術を知っていましたから。ですが、高位の神ともなると、それだけでは対応できません。

そこで、私が少し力添えをしまして。」



東雲は優しく微笑んで、それから少し困ったように眉を下げた。



「神に魅入られた魂に関しては、基本的に私が介入するべきではないとされているのですが、翡翠さんのことはどうしても…………見過ごすことができませんでした。」



東雲の言葉が嘘偽りのないことは、今まで重ねた月日と、碧泉から翡翠の魂を護ってくれたことから確信できた。


そして東雲の言葉を言い換えるのであれば、彼は神の掟に反いた、ということになる。


翡翠は嬉しさが込み上げてくるのを感じると同時に、純粋に疑問に思った。



「どうして、東雲は私を助けようとしてくれたんですか?」



その疑問が、思わず口をついて出る。

翡翠に問いかけられた東雲は、真っ直ぐに翡翠を見つめ、口を開く。




「私は、あなたが赤子だった時からずっと……ずっと、何よりも近くでその成長を見守ってきましたから」



そう言って花の蕾が綻ぶような笑みを浮かべた東雲の表情は、慈愛に満ちていた。

そこから、翡翠に対する東雲の想いが十分すぎるほど伝わってくる。


あまりの嬉しさに、翡翠は涙が溢れそうになり、思わず下を向いた。



「そう、だったんですね。

________でもそれなら、もっと早く教えてくれてもよかったはずです。どうして教えてくれなかったんですか?」


「聞かれませんでしたから。それに、これを言ってしまったら離れ難くなる気がしたので」



翡翠はハッとした。そうだ、東雲の担う役割は『此岸を彷徨う魂を彼岸へと導く』こと。

当然、その生を終えてなお此岸に留まっている私も例外でなはい。

翡翠が何も言わずに俯いていると、東雲が近づきそっと翡翠の頭に手を添えた。



「あなたはまだお若い。たとえ私の行いが掟に反くことになったとしても…………私は、あなたがこれから歩むはずだった日常の一部を、体験させてあげたかったんです。たとえ、それが仮初のものであったとしても。私が介入すれば、それが可能になりますから。」



そう言った東雲は、少しはにかんだように笑った。


今まで留めていたものが、堰を切ったように体から止めどなく溢れ出ていく。

翡翠の頬を大量の涙が流れ、跡を作った。

東雲の言葉から、翡翠のこと本当に大切に思っていてくれたことが、痛いほど伝わってくる。


その気持ちが嬉しくて、暖かくて、優しくて、涙が止まらなかった。


碧泉も東雲も何も口にせず、ただただ泣き続ける翡翠を見つめていた。



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