第五章 長月の真実 その23
「以前、僕が翡翠さんに水瓶の中身を飲んでいただいた時のこと覚えていますか。」
「碧泉さんの瞳と同じ瑠璃色をしていた、あの水瓶のことですよね。」
碧泉に確認をすると、彼は「ええ、そうです。」と言って肯定した。
「あの時水瓶の中に入っていた液体、確か名前は『水鏡』だったと記憶しているんですが……を飲んで、泥酔したようになってしまった記憶があります。」
「ええ、そうでしたね。あなたはあの時、前後不覚になるほどフラフラになっていました。」
そこで碧泉は言葉を切り、口の端を上げて見せた。
「実はあの液体、人の子の持つ霊力を測定するための水なんですよ。
その水を飲んだ人の子の霊力が皆無であれば、ただの水を飲んだ時と遜色ありません。
しかし、霊力を持つ人の子が『水鏡』を飲むと、酒を飲んで酔っぱらったような状態になります。さらに、霊力が強ければ強いほど、その酔いも強くなっていくのです。さながらその者の霊力を写し出す鏡のようですよね。
先ほどご自身で口にしていたように、翡翠さんは水鏡を飲んだあと、泥酔状態になっていました。あれは、霊力が強い、ということを示していたんですよ。
正直なところ、僕もあそこまでだとは思っていなかったので驚きました。」
翡翠は絶句した。
何も言えない翡翠を見て、碧泉は笑みを深くした。
「……これでわかりましたか?あなたは間違いなく、霊力を持っています。それも、並外れた強さの、ね。」
こんなにも執拗なまでに私の持つ霊力について調べているのであれば、もう受け入れるしかない。
まだ完全に呑み込むことはできていないが、これを聞いて碧泉がどうして自分を狙っていたのかについては、腑に落ちた。
「完全に受け入れるのにはまだ少し時間が必要ですが、一応自分に備わった霊力については承知しました。
……今の碧泉さんと東雲の話をまとめると、『碧泉さんは最初人並み外れた霊力を持っていた祖母に目をつけ、魂を食べようと狙っていたが、私が祖母を上回る霊力を持つことが判明し、標的を私に変更した』、と言うことですね。
そして、結果的に私は碧泉さんによって命を奪われた。」
翡翠の言葉を聞いた碧泉は目を弓形に細めた。
「ええ、その通りです。僕は望むままに、あなたの魂を手に入れることに成功しました。
……ですが、喰べるには至らなかった。」
先ほどまでの楽しそうな表情から一転、碧泉の顔からは笑みが抜け落ちた。
何も読み取ることができないその表情は、冴え冴えとした晩秋の月のような冷たさがあった。
端正な顔立ちをしているだけに、その美しさと相まって威圧感がある。
しばらく間を置いてから、碧泉が低音で、そしてとても澄んだ声を発した。
「そこにいる東雲のせいです。僕が翡翠さんの魂を喰べられなかったのは。」
「東雲の……?」
翡翠が東雲に視線を向けると、東雲はわずかに笑みを作りそれを翡翠に向けた後、碧泉へと視線を移した。
碧泉は東雲からの視線に気がつくと、顔を背けたまま手を差し出すような仕草をした。
どうやら、ここから先の話を東雲がしてもいいか、と言う確認を行っていたようだ。
東雲は「ありがとうございます」と碧泉に一言お礼を添えてから、ゆったりとした動作で翡翠へと近づいた。




