第五章 長月の真実 その22
「前に私と碧泉が司るのは、陽と陰であるとお話ししたことがありましたよね。」
東雲にそう問われ、翡翠はコクンと首を縦にふった。身に覚えがあったからだ。
「この世界には八百万の神が存在し、その神々はみんな何かしら司るものがあります。
人の子の祭祀ないしは信仰の変化により、象徴するものが増減することはありますが、生み出された際にその神が象徴していたものは、何があっても変わることはありません。
そして、生み出された際にその神が司るものが『陽』もしくは『陰』である場合、その神は高位の神とされます。
その法則に則ると、今この場にいる私と碧泉は、高位の神であるということになります。
ここまでは、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
翡翠が頷いたのを確認してから、東雲は続けた。
「神を見るには、そもそも強い霊力が必要となりますが、高位になればなるほど、その存在を認識するには、より強い霊力を必要とします。そのため、その存在を認識できる人の子は、ほんのひと握りしか存在しません。
あなたの祖母である桜は、人の子の中では強い霊力を持っており、低位の神を知覚することはできました。しかし残念ながら、最期まで私を完全に捉えることはできませんでした。」
「じゃあ、どうして…………」
祖母は、東雲と知り合うことができたのか。そう聞こうとしたが、驚きすぎて声が出なかった。
「普段、翡翠さんが私や碧泉と出かけた際に、人の子が私たちのことを知覚できたのと同じ原理ですよ。人の子の目に映るように、我々が磁気を合わせていただけなんです。」
翡翠の内心を見透かしたように、東雲が説明をする。
その説明は、実際に東雲が人に認識されたり、されなかったりする場面を見ている翡翠にとっては、納得するしかない内容だった。
それでもまだ不服そうな表情をしている翡翠に、東雲は告げる。
「ですが、あなたの瞳は私を捉えることができました。」
「それは、東雲が姿を見れるように調節してくれていたのではないのですか?」
翡翠の言葉を、東雲はキッパリと否定した。
「いいえ。翡翠さんが私の社に初めて足を踏み入れたあの日、私は何の力も使っていません。
加えて申し上げると、先ほど翡翠さんは『彼岸の住人となったから見えたのではないか』とおっしゃっていましたが、それも違います。
____たとえ、人の子がこちら側の世界の住人になったとしても、私が力を使わなければ、この社を見つけることすらできないのですから。」
次々と東雲の口から発せられる信じ難い言葉に、翡翠は目眩を覚えた。
「いや、え、嘘ですよね?だって、この神社は私が死ぬ前からずっと、この場所にあったじゃないですか。」
「その前提が、そもそも間違っているんですよ。霊力がある人でなければ、この社を見つけられないのです。霊力を持っていた桜は別としても、あなたのご友人などは、この場所をただ木々が密集している場所、つまりは森としか認識していないのです。」
「そんなことあるわけ」
「ないと言いきれますか?では、思い出してみてください。この社にいる際に、今まで一度でも他の人の子の姿を見たことがありましたか?」
翡翠は二の句がつげなかった。東雲のいうとおり、翡翠はこの神社で人の姿を見たことがなかったからだ。
初めて足を踏み入れてからもう一年経つというのに、ただの一度も無いのだ。常識的に考えて普通そんなことはありえない。
「あなたに強い霊力が備わっている証拠はまだありますよ。」
東雲と翡翠のやりとりを側で聞いていた碧泉が横槍を入れた。




