第五章 長月の真実 その21
「______髪が茶色がかった人の子が、赤子を連れて僕の領域であるあの川の前を通り過ぎたのです。
その人の子の周囲では花の精が舞っていました。
それを見た当時の僕は、驚きました。
花の精が人の子の側にいるのは、その人の子が花の精を見ることができる時だけ。それに、どうやら霊力も強い。
僕は興味をひかれ、その人の子の後をついていくことにしました。
それが、翡翠さんがよく話されていた、あなたの祖母だったのです。
名前は……確か桜と言いましたね。
桜は赤子を抱いて、回り道をしてから建物へと入っていきました。
それがあなた方の住処だったことは、のちに知りました。
まだその時は、霊力が強い桜に興味を抱いていたので、赤子であるあなたのことは歯牙にもかけていませんでした。
それが変化したのは、その数年後、桜が長く体調を崩した時です。長い、と言っても、私たちからすれば一瞬でしたがね。
____あの時の驚きは、今でも鮮明に思い出すことができますよ」
そう言った碧泉は、懐かしさと楽しさが入り混じったような、そんな表情をしていた。
「翡翠さんは覚えているでしょうか。命に関わるようなものではありませんでしたが、桜の高熱が何日も続いたんです。普段、彼女は周囲に結界を張り巡らせていたのですが、高熱のせいでそれが弱くなっていました。
それを好機に、彼女の魂を横取りされたら堪らないと考えた私は、何度か様子を見に桜の元を訪れました。
その時です。桜の枕元で、必死に看病をしているあなたを見たのは。
本当に驚きましたよ。初めて見かけた時からその時点まで、全くと言っていいほど霊力を感じなかったあなたから、桜よりも強い霊力を感じたんですから。」
それを聞いた時、翡翠は強い衝撃受け、思わず口を挟んだ。
「えっ、ちょっと待ってください!!そんなはずありません!!!
祖母は霊力が強くて、人ならざるものもたくさん見たと言っていましたが、私は見たことがありませんでした。そんな私が祖母より強い霊力を持っているなんてあり得ないです。絶対、何かの間違いです。」
翡翠の言葉に、碧泉はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。あなたは確かに桜より強い霊力を持っていました。
その証拠に、僕のことも、東雲のことも見ることができたでしょう?」
「それは、私が死んでいるからじゃないんですか」
興奮と戸惑いで震える声で、翡翠は言い返した。
「それは違いますよ、翡翠さん。」
今まで黙っていた東雲が、突然声を発した。
「えっ、東雲……?」
翡翠はさらに混乱した。東雲がここで口を挟むと言うことは、彼もそれを事実だと捉えていることになるからだ。
彼は翡翠が少し落ち着くのを待ってから、続きを話し始めた。




