第五章 長月の真実 その18
「神様の中でも格が高い方とお見受けしますが、私に何の御用でしょうか。」
意を決して、翡翠は尋ねた。
その言葉を待っていましたと言わんばかりに、神様は目を弓形に細めた。
「一度、あなたと話がしてみたかったんですよ。今までは、障壁があったので近づくことが叶いませんでしたが、近頃はそれも隙ができることが多くなりましてね。」
神様は今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌なように見えたが、翡翠には彼が上機嫌な理由も、彼が言っている言葉の意味も、全くもってわからなかった。
戸惑いを隠せていない翡翠を気にも止めず、神様は話し続ける。
「今日は、ちょうど邪魔者の意識が外れる日。かつ、こうして雨が降り頻る日でもあった。これほどの好機、逃す手はありません。」
翡翠にとって、やはり神様の言葉の意味は、全くもってわからなかった。
『障壁?邪魔者?それって一体何のこと?』
神様が口にした言葉を、頭の中で反芻する。
近頃、私の身辺で起こった変化といえば、思い当たる節はひとつ。
「……祖母を、ご存知なんですか」
降りしきる雨の中つぶやいた言葉は、もしかしたら聞こえなかったかも知れない。
そう思って翡翠は視線を相対しているものの顔に向けてみると、それは杞憂だと分かった。
しかし、心の底から後悔した。自分が口にした言葉と、視線を上げたことに。
翡翠の見た神様の表情は、無だった。目に光が灯っていない、全ての感情が抜け落ちた表情。
顔の造形が美しいだけに、能面と同類の無機物なもののように思えて、ただただ怖かった。
「ええ、まあ。しかしお互いなんとなく存在は知っている、という程度の認識でしたので、特に話したことはありません」
神様の言葉に、返事をする余裕もない。
翡翠は、ただ黙って耳を傾けていた。
「面と向かって話したことはありませんでしたが、私はあの人の子のことが邪魔でしたし、向こうにしてみれば、私は災厄以外の何者でもなかったでしょうね」
「え、それは一体どういう……?」
神様からの証言だけでは、全くもって祖母との関係性がわからなかった。
翡翠の問いかけに対し、神様は口を閉ざしたままだった。




