第五章 長月の真実 その13
「『この街』という表現は正しくもあり、間違いでもあります。考えて見てください、翡翠さん。何かが起こっているのはこの街なのでしょうか。」
東雲の言葉に、ドクンと翡翠の鼓動が大きく脈打つのを感じた。
背中に嫌な汗が伝い、呼吸が浅くなる。
これ以上、聞いてはいけない。
翡翠は、耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
ここで私が話を聞くことを拒否すれば、そのまま東雲は口を閉ざしたままでいてくれるだろう。しかし、それでいいのだろうか。
何より、この話を切り出したのは自分だ。もしも、ここで引いてしまえば、一生答えに辿り着けないままになってしまう気がする。
そう思った翡翠は、意を決してキュッと口を引き結んだ。
翡翠の様子を伺っていた東雲は、それを了承の合図と捉え、続きの言葉を告げた。
「どうして、何かが起こっているのが『あなた自身』であると考えないのですか?」
「私に……?」
何かが崩れていく音が気がした。自分でもわかっていた。わかっていて、それでも必死になってその可能性を否定してきたのだ。
この状況下に置いて、他の何者でもない「東雲」が、その可能性を私に対して認識させたということは、それ__つまり、『私に何らかの異常事態が起こっている』ということが事実なのだろう。
さらにいえば、これはかの神様が仕組んだことと見て、まず間違い無い。
『でも、どうして…………。』
心が鉛のように重くなっていくことがわかる。
それでも、今までに自分が得てきた情報を一つ一つ整理しながら口を開く。
きっと、これから知ることになるであろう真実に辿り着くために。
「なるほど。
いくつかの記憶違いを私に認識させて、さらに自分の言動によって街と私の記憶がおかしいということに気がつかせようとしたんですね。」
私の発言に、東雲は眉一つ動かさない。彼は、この話題についてあくまで冷静に、淡々と進めていくことに決めていたのだろう。
沈黙ののちに、東雲が口を開いた。
「ご明察です。では、一体翡翠さんの記憶はどこが正しく、どこが間違っているのでしょうか。」
「えっ…………?それは、どういう意味ですか」
「そのままの意味です。あなたの記憶には、正誤があることが判明しました。では、一体それはどこからだったのか」
そこで一旦、東雲は口を閉ざした。
「説明すると長くなってしまうので、端的に言いましょう。『全て』です。」
あまりの衝撃に、翡翠は声を出せず、動くこともできなかった。
その間にも東雲は次々に言葉をつなげていく。
「もっと正確にいうのであれば、『私と出会う少し前からの現実』ですが。」
そう言って、東雲は困ったように眉を下げた。




