第五章 長月の真実 その6
神社から少し歩いて翡翠と東雲がたどり着いたのは、『白露』という甘味屋だった。
席につくとすぐに、店員さんがお茶とお品書きを持ってきてくれた。
東雲が「お先にどうぞ」と言ってくれたが、翡翠はすでに食べたいものが決まっているため、大丈夫です、と断った。なので、現在はお品書きと真剣な表情で睨めっこをしている東雲を、密かに眺めていた。
このお店で翡翠が久しぶりに食べたくなったのは、小倉クリームホットケーキ。
昔ながらの分厚いホットケーキの生地に、大納言小豆の粒あんとソフトクリームをこれでもかというほどに乗せた一品で、加えてこのホットケーキとは別に黒蜜の入った器が一緒に運ばれてくる。
この中に入った黒蜜は好きなだけホットケーキにかけることができ、もしも足りなくなった場合は店主に言えば無料で継ぎ足してもらえるという、素敵なサービスを行っている。
これも、このお店が愛される理由の一つだろう。
このホットケーキは昔から地域の人々に愛されてきたが、少し特殊な作り方をしていることもあり、店主が高齢になるにつれて提供日数が減少してしまった。今では、秋のみの販売となっている。
翡翠は何度か祖母に連れられてこのお店に入ったことがあり、その度に小倉クリームホットケーキを頼んでいた。
パクパクとホットケーキを食べ進める翡翠の姿を、祖母が優しい眼差しで見守ってくれていた思い出が蘇り、翡翠は懐かしく思うと同時に、祖母の温かい笑顔が恋しくなった。
「お待たせしました。注文してもよろしいですか?」
翡翠が思い出に浸っている間に、東雲は注文を決めていた。
「あ、はい!お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんですよ」
爽やかに返事を返した東雲は、そのまま店員さんを呼んで注文をした。
東雲も私と同じ小倉クリームホットケーキを選択していた。
「翡翠さんはこちらのお店にいらしたことがあるんでしたよね」
「はい、おばあちゃんとよく来ていました」
「もしかして、先ほど私が何を食べるか選んでいた際に、桜のことを思い出していましたか?」
翡翠は心臓が跳ねる心地がした。
「な、なんでお分かりになったんですか!?」
翡翠が慌てながら問いかける様子を見て、東雲は心底楽しそうにしながらも上品にクスクスと笑った。
「わかりますよ。翡翠さん、心ここにあらずという感じでしたから」
「でも、それだとおばあちゃんのことを考えていたことはわからないのでは……」
「懐かしいという感じが滲み出ていました。あなたがそういう表情をする時は、決まって桜のことを考えている時ですから。」
翡翠は顔が熱を帯びるのを感じた。
「そ、そうでしたか……」
気が動転して言葉を返すのに精一杯で、そのまま黙ってしまう。
翡翠の向かい側で、東雲は慈愛の眼差しを送りながら、翡翠を見守っていた。
しばらくの沈黙ののち、東雲が「そういえば__」と最近起きた彼と彼の眷属との間に起こった出来事を話し始めた。
そこからは和やかな雰囲気で会話が弾み、パンケーキが運ばれてくるまで盛り上がった。
店員さんが運んできてくれた際に、あまりにも盛り上がっていたせいか、私の後ろで店員さんが困ったほどだ。
翡翠の後方が見える東雲が話を中断して店員さんに声をかけなければ、しばらく立たせたままにしてしまっていたかもしれない。
翡翠は店員さんがお皿をおくのを見ながら、気をつけなければ……と密かに反省したのだった。




