第五章 長月の真実 その5
ブックカフェを堪能してから数日後のある日、翡翠は再び東雲の住う社へと足を向けていた。
理由はもちろん、東雲をカフェに誘うためである。
最近の翡翠にとって東雲をカフェに誘うのは、彼に会うための口実だった。
きっと、ストレートに話したいと言っても、東雲は誘いに応じてくれるだろう。
しかし、翡翠にはそれが気恥ずかしく思えて、どうしてもカフェを引き合いに出してしまう。
『まあでも、東雲も喜んでくれるし、これでいいのかもしれない。』
そう思いながら、神社へと続く道をひたすら歩いた。
「それにしても、日差しが強い……」
暦の上ではすっかり秋だというのに、まだ夏を感じさせる太陽の光が、翡翠の肌をジリジリと焼いている。
日傘を持ってくればよかった。
天気予報が曇りだったため、油断していたのだ。日焼け止めは塗ってきたが、これではまた黒くなってしまうかもしれない。
少しだけ沈んだ気持ちを引きずったまま歩いていると、翡翠の頬をさあっと風が撫でていった。
その風の涼やかさに、翡翠はすぐ側まで訪れている秋の気配を認めたのだった。
*
翡翠が社を訪れてみると、東雲の姿は邸宅ではなく、境内にあった。翡翠の姿を見るなり、開口一番にこう言った。
「翡翠さんの今日のお召し物、とってもお似合いですね。もちろんいつものお召し物も素敵ですが、今日の装いは格段に素敵です。」
「本当ですか!?ありがとうございます!!この洋服私も気に入っているので嬉しいです!」
思いがけず東雲が自分の服装を褒めてくれたことを嬉しく思いながら、翡翠は自分が今日着ている服を見た。
少しくすんだ桃色のワンピースの左側から白いレースのスカートがのぞいている。アシンメトリーなデザインとなっているこのワンピースは、お店で見た時に一目惚れして買ったものだ。
「それにしても、東雲が境内にいらっしゃるのは珍しいですね。何か用事でも?」
「いいえ、特には。ただなんとなく、翡翠さんがお見えになる気がしていたので」
「そうだったんですか……」
東雲の言葉を聞いた翡翠は、頬が緩みそうになるのを必死に堪えた。
そんな翡翠の様子に優しい眼差しを向けながら、再び東雲が口を開いた。
「それで、本日はどこにお出かけですか?」
「よくお分かりになりましたね。実は……」
そう言いながら、自身のバッグから一冊の雑誌を取り出し、お目当ての品の写真が掲載されたページを東雲に向ける。
「久しぶりに、ここのホットケーキが食べたくなっちゃったんです。付き合っていただけませんか?」
雑誌の写真を指差しながら、翡翠は頭を下げた。
「その雑誌は、確か……」
「はい!お察しの通り、先日抹茶フレンチトーストを食べたカフェで購入したものです!」
ブックカフェの帰り際に、数冊の本を購入していた。その本の一冊が、この周辺のスイーツ情報を掲載していたのだ。
「なるほど、それでそのお店に行きたくなったわけですね。
いいですよ、行きましょう。」
東雲は顎に手を当てて考える素振りを見せてからそう告げた。
「東雲ならそうおっしゃってくださると思っていました!ありがとうございます!!!」
お礼を言った翡翠は、取り出した雑誌をバッグにしまい、いそいそと歩き始めた。
そんな翡翠を見ていた東雲は優しい笑みを浮かべていたが、その笑みはどこか寂しげでもあった。




