最終話
春乃が夕飯の時間となって、家に帰った後。
俺は1人、考え事をしていた。
俺は、春乃に本当に軽い気持ちで返事をしてしまった。
まだ10歳とはいえ、1人の女性として見られることを望んでいた少女に。
なんて失礼なことをしてしまったのだろう。
だから、せめて今からでも、俺は前に進まなければならない。
そう思った俺は、自分の過去ともう一度向き合ってみることにしたのだ。
順序が逆になってしまっている気がするが、今からでも遅くないはずだ。
そう信じたい。
俺は、吉野から送られてきた浮気の証拠写真とやらを、今でも保存している。
最初に目にして以来、怖くて見ることができずにいたのだが…
ついに決心した俺は、PCに眠るそのファイルをおそるおそるクリックした。
こんなものを残しているなんて、馬鹿な俺は、ずっと琴葉に未練があったのだろうか。
『うっ…』
1枚目の、王子が腕を回して琴葉を抱き寄せている写真を見ただけで、ぐちゃぐちゃな感情が込み上げてきた。
それと同時に、涙が止まらなくなる。
ずっと傍にいた、大好きだった女が俺を裏切って、俺の大嫌いだった男と一緒にいる写真。
だが、その1枚目の写真を見て、変なスイッチが入ってしまった俺は、次の写真、またその次と、見るのを止めることができなかった。
―――結局、全ての写真を脳裏に焼き付けてしまった。
しかし、改めて写真を見て、5年が経った今になって考えると、色々と気になるところはある。
どの写真においても、王子の方だけがやたらと積極的に琴葉に絡んでおり、琴葉の方から王子のことを求めているような写真は1枚もなかった点。
琴葉の顔が、まるで苦手なお酒を沢山飲んだかのように、真っ赤である点。
あの後あいつらに進展があれば教えてやるよ、と嬉しそうに言っていた吉野から、結局何の連絡もなかった点。
王子は、一夜限りで琴葉を捨ててしまったのだろうか。
吉野の存在すら、疑わしく思えてきて、頭がどうにかなりそうだ。
琴葉…
元気にしているだろうか。あいつももう32になるのか。
28までには、結婚したいな。
30までには、子供がほしいな。
琴葉がかつて言っていたセリフが、急に蘇ってくる。
どうして、今日まですっかり忘れていたのだろうか。
当時は仕事のことを考えて、忘れようとした過去の出来事。
自分の中に押しとどめていた感情は、一度溢れ出すともう止まってはくれなくて。
俺はその日の夜ずっと泣いて、さらに泣いて、眠りに落ちるまで、ただただ泣き続けた。
その日の夜、俺は2つの夢を見た。
1つは、俺と琴葉とで、2人の真ん中に立つ小さな女の子の手を繋ぎながら、公園を散歩している夢。
とても楽しそうに笑う琴葉とその女の子だったが、不思議なことに、俺にはどうしてもその女の子の顔を認識することができなかった。
―――これは、きっと俺にあるはずだった1つの未来の可能性。
目を覚ませば、俺の枕は涙で濡れていた。
そして、すぐには眠れそうになかったため、一度起きてお茶を飲み、気持ちをリセットしてから見た、2つ目の夢。
それは、高校生くらいの女の子が、俺の前で頭を下げている場面だった。
何かを必死に訴えているようだったが、目の前にいるというのに何と言っているのかはよく聞き取ることが出来なかった。
そもそも、その女の子自体が、知らない子だった。凄く綺麗な子だったが、夢なのだから、ぼんやりとしたもので当然だ。
だが、目を覚ませば、俺はさっきまで春乃と話していたような錯覚を覚えた。
くりくりとした可愛らしい瞳は、思えば彼女のそれとそっくりだった。
夢の中の彼女が何て言っていたのか、気になって仕方ない。
できることなら夢の続きを見たいと思ってしまうが、すっかり目が冴えてしまい、もう一眠りすることはできそうになかった。
春乃の俺への気持ちは、もしかして本物だったのだろうか。
俺は、今度こそ信じてもよいのだろうか。
ただ、今の俺には。
「約束を破ってごめんなさい。他に好きな人ができました。こんな年の差、無理だって言って欲しかったです」
夢の中の少女は、すっかり若さを失った俺に向かって、そう訴えていたようにしか思えなかった。
気づけばカーテンの隙間から、眩しすぎるほどの朝日が差し込んでいた。
きっと今日は晴天だ。
俺は重い身体を起こし、いつもはしない朝食の準備をする。
―――少しでも、前向きに生きてみようと思った。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
寂しいお話ばかり書いてたら嫌われそ、、、とか思いつつ、書いちゃったら封印せずについ投稿したくなる(汗)
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それを今後の参考にしたいと思います。