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1話

ビター系弱男主人公モノ3連発のラストです。

短編を予定していましたが、また1万字を超えそうになったので、急遽連載形式に予定変更しました。


全5話を予定

「ねえ、カズにい」


 まだあどけなさを感じさせるものの、将来はきっと美人に育つであろう、整った顔を俺に目いっぱい近づけるようにして、彼女は微笑んだ。


「たまにはカズにいの話も聞きたいな♪」




 ―――そうやって無邪気に尋ねてくるのは、俺の義姉の娘で、現在10歳の春乃だ。


 俺と春乃の関係、なんて言い方をしたら変な意味に取る奴もいるかもしれないが、俺らがこうして一緒にいるのは、別に今に始まったことではない。

 以前、春乃が病気で寝込んだときに、春乃の両親、すなわち俺の義姉とその夫が仕事で忙しかったため、仕事の都合で平日に休日がある俺がたまたま看病してあげたことがあったのだが、それ以来、何故かやたらと懐かれてしまい、彼女はときどきウチに遊びに来るのである。


 春乃は、幼少期特有の好奇心というか、底抜けた明るさを持った子で、現在32歳ですっかりおじさんになってしまった俺にとっては、少し眩しすぎるときもある。

 まあそうはいっても、春乃と過ごす時間は、独り身の俺にとっては別に苦ではない。

 むしろ、仕事に追われて疲れている日々の癒しとなっている一面の方が多い。




 俺・鷺城(さぎしろ)和也と義姉の由乃は、両親の再婚をきっかけに姉弟となった。

 由乃もまた、春乃と同様に美人であり、初めて顔を合わせたときは驚いたものだ。

 しかし、小さい頃の年の差というのは大人のそれと比べて大きく感じるもので、俺が彼女に異性としての特別な感情を抱くことはなかった。

 たった4歳の年の差であったが、当時は10歳と幼かった俺にとっては、由乃はむしろ本当に頼りになるお姉さん、という存在だった。

 きっと沢山迷惑をかけたと思うが、血の繋がりすらない俺に嫌な顔を1つせず、いっぱい世話を焼いてくれた。

 そんな姉にいつか、少しでも恩返しができたらな、と思うようになっていた。


 だから、義姉の由乃が仕事でいないときに春乃の面倒を見ることは、元々は俺にとって由乃への恩返しの気持ちもあったりしたのだが、実際のところは、俺の方がいつも元気な春乃に救われているのだから、結局は貰ってばかりな気がする。

 現に、今日も春乃が遊びに来てくれて俺は嬉しかったのだし。




 春乃は素直に育っていて、家族ではない第三者の俺から見ても、とても可愛らしい子だ。春乃のくりくりした目を見ると、俺は社会に揉まれる前の、かつての純粋だった頃を少しだけ思い出して、胸がすっと軽くなった気になれる。整った容姿をもつがゆえに、色々と周囲が黙っていないだろうが、どうかこのまま、心も綺麗に育ってほしいものである。


「…ねえカズにい、聞いてるー?」


「…あ、ああ。聞いてるよ」


 そんな余計なことを考えて、少しぼーっとしていた俺だったが、春乃の言葉で現実に引き戻される。


 俺は、いつも春乃が遊びに来た時には、5年前、27歳だった頃に大抜擢された、海外での一大プロジェクトについての思い出話を語っていた。

 まあ、いわゆる自慢話ってやつだな。


 しかし当然、小学生の春乃には難しい話も多いから、結局その内容の多くは、俺が仕事の合間に観光した名所にまつわる話になるわけだが。

 春乃に上手く伝わっているかはわからない。しかし、そんな俺の旅行の思い出話を、彼女はいつもわくわくした表情で、本当に楽しそうに聞いてくれるのだ。

 だから、話している俺の方もいつも楽しかった。


「…で、ごめん、なんだっけ?」


「たまにはさ、カズにいの昔話も、聞いてみたいなーって」


 だが、今日の春乃はいつもとは少し違った。

 最初は、春乃の言っている意味が良く理解できなかったのだが。


「カズにいのせいしゅん?」


 そう言われて、ようやく春乃の言いたいことが見えてきた。



 いつもの俺は、まるで冒険家のように、かつて見たもの聞いたものをそのまま語っていたのだが、春乃はどうやら俺自身の過去について、興味があるようだ。



『…そろそろ春乃に、仕事のプロジェクトについて話すときが来たか』



 そう思った。

 …それが少し嬉しく感じたのは、俺が早く自慢したかったというだけなのかもしれないが。

 春乃も大きくなったのだな、と思うと、感慨深い。

 できるだけ小学生にもわかりやすい言葉を使おうと、瞬時に頭の中で話す内容をまとめていく。


「カズにいには、いたのかな。…はつこいのひと、とか」


 だが、次の春乃の言葉は、そんな呑気なことを考えていた俺にとってはあまりに予想外であった。

 組み立てていた話は一瞬で崩れ去り、すっかり頭の中が真っ白になってしまった。


「あ、その反応」


 俺はかつての苦い記憶がフラッシュバックして、戸惑ってしまっただけだったのだが…


「いたんでしょ♪」


 春乃に、気づかれてしまった。







 俺は、春乃に噓をつけない。というか、つきたくないのだ。

 彼女の瞳はいつも真っすぐで、そんな綺麗な春乃の瞳を曇らせたくなかったから。

 いつも話している海外でのことも、特に大げさに盛るなんてことはせずに、ありのままを話してきた。

 だから、俺はどうしても、『あのこと』について話したくないのに、嘘をつくことができなかった。


「…い、いたよ」


「やっぱりー!」


 ―――いったい、どう話せばよいというのだろうか。


 高校の時に告白されて、10年間付き合っていて、本気で結婚まで考えていて…




 だけど浮気されて、破局してしまった、俺の最初で最後の恋の話を。

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