弐 Encounter
剣をしまう。近くに転がっているのは【紛れ】の死体。死体も放っておくと異臭を出したり下手すりゃ他に出現した【紛れ】の栄養になるだけだ。めんどくさい。…【神の右腕】に渡せばいいか。指を鳴らす。木の陰からフードを深くかぶったどこからどうみても怪しいやつが現れる。
「お呼びでしょうか」「これ処理しとけ」「了承」言うと手際よく解体を始める。袋に詰めるのが終われば、また木の陰にとけていく。「ホントにいつでも居やがる」
無駄口を叩いた後、家に帰る、途中。…いるな。【紛れ】だ。人間もいるのか。人間は【紛れ】を恐れて殆ど家に閉じこもっているはずだが。目の前で死なれたりするのは気分が悪い。急ぐか。「“エンチャント”」唱えなくても効果は得られるが、唱えた方が〈精神効率〉が良い。続きの言葉を紡ぐ。「“スピード”」走った感じは…300m/sか、音速には少し届かないが…十分すぎるくらいだ。距離を詰め、人間の前に出る。
「何してんだ、早く逃げろ」近付いてくる「…もう帰る場所もない。生きてる意味を感じられない。すべて失った。最愛の家族も、唯一の友達も」「死にたいのか?」少しずつ「うん」「あいつに殺されても、苦しいだけだぞ」少しずつ「構わない。皆がいない世界に価値なんてない」
…ほう。神の俺に、この世界に価値などないと言うのか。「ふざけんな馬鹿娘」「何?初対面に馬鹿はないでし 言葉を遮るように【紛れ】の振るう大猩猩の拳を手で受け止める。「…で?なんだって?私は大馬鹿者です?」煽るように言うが、そのことは全く気にしていないように俺に問う。「なんで助けたの?!受け止められるの?!」「俺が神だからだ」「神?!そんなのいるわけない!」「すべてを壊したアレを信じて、その拳をこの腕一本で受け止められる俺を信じぬとは道理にかなっていないな」…俺が道理どうこう言うのもおかしい話だ。とりあえず馬鹿娘に構うより【紛れ】を殺すのが先決か。さっきからなんとか俺に攻撃を与えようとギャーギャー騒いでいて鬱陶しい。「“エンチャント”、“パワー”」俺より5倍ほどある巨体を片手で振り回して投げ飛ばす。起き上がる動作は慣れてないだろうから時間がかかるだろう。その間に聖剣で首を落とす。
「いっちょあがりと」「…こんなデタラメな力…ホントに神?」「だからそうだと言っている」「世界に価値がないとほざく汝、我についてまいれ、居場所がないならつくってやる」「…だから居場所なんてない」…あきれた、神たる俺にここまで逆らうとはな。見上げた根性だ。
「ここに【命の契り】を結んだ」訝しげだな。「これは簡単に言えば、お前が死ねば俺も死ぬ、そういう咒いだ」「なっ…馬鹿じゃないの?!私の為にそんなことするなんて!」「馬鹿ではない、馬鹿娘、お前は今“私の為に”と言ったな?お前の為じゃない。俺の為だ。紛れにくれてやる命などない。
馬鹿娘、お前は幾分か前になんと言った?俺に“なぜ助けたか”と問うたな?助けてなどいない。ただ自分の身を守っただけだ。俺のほうが前に居たんだ、自然だろう?なのに助けた?お前には俺がどう映ってるんだ?都合良く助けてくれた救世主にでも見えたか。…それなら、お前はまだ助けを求めてるって事だろ。」馬鹿娘から涙が零れる。「うっうるさい…私は…死に、死にたかった…」「良いから来い、俺が居場所をつくってやると言った。これからは俺がお前の居場所だ。お前が死んだら神である俺も死んでしまう、神は万能ではないんだ、死にもする」「…変なの」微笑を浮かべる。「神に軽口が叩けるなら大丈夫だ。まずは帰って風呂に入ってもらおうか。全身ボロボロで、しかも臭いぞ、数日彷徨っていたな?」「…女の子に臭いとかデリカシーない」「そんなことを言われても困る」「まったくもう」
…さっきの文句は言うべきではなかったな。
“紛れにくれてやる命などない”…もう小娘の最愛の人を犠牲にしているのに、よく言えたものだ。褒めてやりたい。気付かれなくて助かった。
さて、小娘の面倒を見るのは怠いが…それでもあの異端共の被害者だ。大きい心を持って接してやろう。あのゴミ共の絶望ではなく、この俺の世界の価値を俺が直々教えてやる。
(帰路に着く。月は人の気配がない帰り道を明るく照らしていた)