表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オールドキングと顔のない冒険者  作者: 麻美ヒナギ
オールドキングと顔のない冒険者3 邪竜目覚める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/88

<第二章:降竜祭> 【12】


【12】


 呼んで助けなど来るはずがない。

 その程度で救われるなら、同じ場所で10年も苦しんだ俺は何なのだ。

 自分を救いたきゃ、自分で救わなきゃならない。

 自分の手で、足で、血で、救いたいモノを全部救わなきゃならない。

 立て。

 いいから立て、俺。

 走れ馳せろ。

 痛みがなんだ骨がなんだ内臓がなんだ。

 救えない心の痛みに比べたら、全てカスみたいなもんだろ。

 おびただしい血が流れ、折れた骨がこぼれ落ちる。切断される意識を、無理やり繋ぎ直して体に命令し続ける。

 ただ走れ。

 瓦礫にぶつかりながら走る。

 ハティに覆いかぶさり、大きな瓦礫を背中に受けた。

 奇跡的に潰れるのは避けられる。

 彼女を抱えて走り出した。

 お互い真っ赤だ。

 どちらの血かわからない。

 視界が明滅する。

 意識が混濁する。

 断片的に目の前の光景が写った。連続写真を見ているかのようだ。

 10年と通った道。

 破壊された人気のない街。

 無限に続く石畳。

 白い塔。

 青い空。

 血の気のない女の顔。

 血の雫。


 そして、何も見えなくなった。


 風が吹いている。

 強い風だ。何も聞こえない。

 感覚は泥だ。どこもかしこも温く鈍い。出ようとすると恐ろしく冷たい。

 今はどこだ?

 どこにいるのだ?

「………ハティを」

 俺の声は、誰かに届いたのか?

 何もわからない。ただただ全部が暗い。やがて、音すら聞こえなくなった。

 泥のような死の眠りに包まれる。



 忘れていた悪夢が蘇った。

 叩き潰される女の夢。

 最近忘れていた夢。

 10年以上見続けた悪夢だ。

 結局のところ、心の傷は治らないのだ。幸福という鎮痛剤で一時的に忘れることはできても、それが尽きると同時にぶり返す。

 違うな。

 幸福だけが鎮痛剤じゃない。

 怒り。

 そう、怒りだ。

 怒りこそが最も強力な鎮痛剤だ。

 こんなことも俺は忘れていたのか? 怒りこそが、俺の血というのに。


 奮い立たせろ。


「きゃっ」

 目覚めると、目の前にいる女の手を掴む。

「奴は! どこだ! 鉄鱗公はどこにいる!?」

「旦那様、落ち着いて! 重症なのよ!」

「落ち着いている! だから、奴の居場所を言えッッ!」

 アリスに掴みかかり、彼女に頬を叩かれた。

 良いスイングだ。アゴに入って脳が揺れ、体がベッドに沈む。

「死ぬよ? 本当に。次、暴れたらアタシが旦那様を殺す。こ、殺すからぁ!」

 アリスは、震える手でナイフを握っていた。

 俺と一緒に自分も刺しかねない。

「………………わかった。落ち着いた。本当だ」

 歯を食いしばり落ち着く。

「旦那様、しばらく黙って聞いて。アタシの血が運よく適合したから輸血で助かったの。あくまでも助かっただけ。傷は全く、これっぽっちも治ってないの! 全身に打撲、背中に裂傷と刺し傷、左わき腹が特に酷い。深く抉れていて、あばら骨が2本損失してる。おまけに高熱。絶対安静、後遺症抜きにしても完治に半年はかかる。わかってる? 重症なの。こんな短期間で、意識取り戻しただけでも奇跡なの。わかった!?」

「お前も落ち着いてくれ」

 アリスは息切れしていた。

 白い肌がいつもより蒼白なのは、血を抜いたせいだろう。そんな状態で興奮したら、息切れも起こす。

 落ち着いたら周囲が見えてきた。

 ベッドのある個室だ。窓から見える景色が高い。たぶん城の一室。

 上体を起こす。

「ぎっ」

 痛みの奔流が全身を駆け巡る。体を半分に裂かれるような激痛だ。

「寝て!」

「………駄目だ」

 ベッドの端には、ルミル鋼の剣がかけてあった。

 当然、ロングソードはない。

「だから!」

「無駄よ。こういう男はベッドの上じゃ死ねないの」

 いつの間にか、ランシール王女がいた。

 背後には近衛兵もいる。

「鉄鱗公は、どこだ?」

「草原にいるわ。不気味に翼を休めている。白鱗公に人を送ったから、真相は時期にわかる。今回のこれが、竜の長の奸計なのか、馬鹿の一存なのか、それとも事故なのか。返答次第では竜と全面戦争よ」

「真相なんてどうでもいい。俺は奴を殺す。それだけだ」

「それだけで終わるなら、ワタシも頭を悩ませてないわ。アリスちゃん、こいつ立てるわよね?」

「立てません。死にます。寝かせるので帰ってください」

 アリスはそう言うが、俺はベッドから出て立ち上がった。

 一瞬、痛みで気絶して、その痛みで覚醒する。

 モタモタと椅子にかけてある着替えに袖を通し、ルミル鋼の剣を手にすると、アリスが腕に抱き着いてきた。

「行かせてくれ」

「死にますよ!」

「死なん。絶対死なん」

 奴を殺すまでは、いやあの神を殺すまでは、殺されても死なない。

「アリスちゃん。冒険者なんて皆こういう“ろくでなし”なのよ。そういう男の妻なのだから、覚悟して見送りなさいな」

「ぐっ」

 アリスがランシールを睨む。

 しばらく睨んだ後、俺の手を離した。

「旦那様、これ痛み止め」

 差し出された小瓶を受け取る。

「痛覚を麻痺させる劇薬だよ。一時的に動けるようになるけど、後遺症は覚悟して。傷が開いたら死ぬってことも忘れないで。絶対」

「わかった」

 クソ苦い液体を飲み干す。

 喉の奥がチリチリする。呼吸するだけで苦い。

「鎧直す時間なかったけど、マントだけは繕ったよ」

 前よりも赤が濃くなったマントを、アリスに羽織らせてもらう。

 重い。

 ただの布が恐ろしく重く感じた。帯びたルミル鋼の剣も、倍以上の重さに感じる。

「で、どこに行けと? すぐにでも鉄鱗公を殺しに行きたいのだが」

「あんたが好きな牢よ。アレが、何なのか検めなさい」

「アレ?」

 嫌な予感と共に、彼女の顔が思い浮かぶ。

「ハティは、どこだ?」

「“一緒”よ」



 見慣れた城の牢にやってきた。

 薬が効いてきて、痛みは薄くなってきた。だが、疲労感がとてつもなく重い。二日間、不眠不休でダンジョンをさまよった時よりも酷い体調である。

 熱もかなり高い。汗が一滴も出ないほど熱い。

 だから、なんだ。

 手足は揃っている。武器もある。戦える。問題ない。

「フィロちゃん。先に言っておくけど、あいつは人を挑発するのが得意よ。決して乗らないように。ここで無駄な体力は使っちゃ駄目よ」

「………………」

 理解している。

 ただ余裕はない。

「あらぁ~無事だったのね【獣の王】。良かったわぁ」

 牢の中で、裸のハティが手足を鎖に繋がれていた。その頭部には角が2つあり、頬には鱗が見え、艶めかしい足の間からは尻尾が覗く。

 そして傷。

 俺が付けた傷がない。

「フィロちゃん、あなたにはアレがどっちに見える?」

 答えられるわけがない。

 女は、ハティのように微笑んで言う。

「フィロさん。ここから出してくださいな。2人で王女を倒して国を乗っ取りましょう」

「少なくとも、ハティには見えない」

「いやですわ。私はあなたの恋人。肌を重ねた仲ではないですか、そんな悲しいこと言わないでくださいまし」

 全く。

 最悪だ。

 鉄鱗公だけでも手一杯なのに、こいつまで相手しないといけないとは。

「おい、邪竜。ハティはどこにいる? その姿はなんだ?」

「はいはい、答えてあげますわ。この体は聖女様の物よ。鉄鱗公に入れられたの。竜に仕える聖女の中には、後に竜と成れる者もいる。この体が正にそう。姉妹となる者の体に邪竜を入れるなんて愚かの極みですわ。でも理由は、フィロさんがわかっているわよね?」

「俺から、力を奪うためだ」

 飛竜を差し向けたのも、奪うに値する力を探すためだろう。

「力を成長させると同時に奪うっていうね。あなたは歴代の【獣の王】の中でも、かなり珍しい存在ですわ。血肉にではなく、剣に力が宿っている。奪いたくなる竜の気持ち、私わかります。だからって、こんな馬鹿なこと。他の竜が黙って………………あれ? あれれ~? 不思議ですわー。おかしいですわー。もしかして、他の竜もフィロさんの剣で斬り殺して取り込むつもりかしら? やだー新しい邪竜ですわね」

 人をおちょくる様な喋り方だ。しかも、ハティの口調を下手に真似ている。

 熱が更に上がりそうだ。

「なんであろうとも斬る。剣も奪い返す。だから、そこから出て行け」

「ふふ、出て行こうにも元の体が消滅してしまったのですわ。アレ気に入ってたのに、こんなお尻の大きい体に入れられるなんて」

 尻尾が動き、ハティが挑発的に足を広げる。

 掴んだ格子が悲鳴を上げた。どうしようもない感情が煮え滾っている。

 王女が俺の肩を叩いた。

「で、ラザリッサ。何が目的なの?」

「目的? 不思議なことを聞くのですね。私の目的は、昔と変わらず世界の混沌。【獣の王】が生まれたというのに、世界はまだ滅んでいない。不愉快ですわー。壊したいですわー」

「娘の居場所を教えると言ったら?」

 邪竜に娘がいるのか?

「ははっ、アレはたまたまお腹を痛めただけの子ですわよ。………交渉材料になるとでも?」

「そう、話にならないのね。まぁ、その体でも封じることはできる。前と変わらず地下に。準備を」

 近衛兵が動き、俺は剣を抜いた。

「フィロちゃん、何のつもり? 鉄鱗公を殺しに行くのでしょ?」

「………………そうだな。しかしこれは、まだハティに戻れる可能性がある」

「ないわよ。諦めなさい」

 王女が下がり、近衛兵が剣を抜いた。

「フィロさーん、頑張ってくださいまし~」

「黙れ」

 剣を肩に担う。

 しまった。

 構えが昔に戻っている。これじゃ斬れて1人なのだ。近衛は3人もいる。

 刃を返して間に合うのか? クソ、頭が回らない。

 熱い。

「やめんか馬鹿者。こういう時のために余がおるというのに、肝心なところで頼らんとは」

 足元に蛇がいた。

 こいつが今何を言っても、声が届くのは俺や一部の人間のみ、王女には届かない。

「………………嘘でしょ。父上?」

 届いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 蛇が先王!?ナ、ナンダッテー
[良い点] なるほどわからん! [一言] 正体あらわしたね(バレバレ)
[気になる点] 竜って元々の素材的なのがアレなのに人が竜になれるってどういうことだ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ